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140・鍋島元茂、付喪神から褒美をもらうこと《参》

「ここは幽世と言って、いわば夢の中のようなものだ。現世にいる人間を勝手に呼び付けることも出来る。だが、ここへ来られるのは人の意識のみ……つまり、意識だけならここへ呼べる。所謂、夢枕に立つというような状況なわけだ。もっとも? こんなことは俺たち誰にでも出来るというものでもないがね」


 草間がそう言うと、姫鶴一文字が得意げに言った。


「そうよ。これだけの数の刀どもが雁首揃えていたってそんな芸当が出来るのはこのあたしだけ。またあたしばかりが骨を折ったわ」


「意識……ということは、つまりいつものお岩殿ということか? 猫又に取り憑かれる以前の彼女?」


 市に尋ねられると草間は頷いて言った。


「ええ、そうです。化け物に取り憑かれていても、元の人間の意識がなくなるということはなかろうと思い、試しにお呼びしてみました」


 水神切りは妙に市に気安く言葉を掛けた。彼女とそんな仲なんだっけお前は?


「いやあ、良かったですねえ。御母上さまの意識がまだちゃんとあって。これが鬼なんかに食われたり憑依されてしまうとこうはいかないんですよ。鬼というのは人を食べて成り代わったりする習性がありますから、そうなると中身がごっそり入れ替わってしまうので意識も糞もないんですよね」


 水神切り兼光はそのまま今度は元茂に尋ねた。


「どうです? あなたのよく知るお母上さまですか?」


 元茂は何も答えなかったよ。でも僕らはそれを不思議とは思わなかった。


 だって、彼女がーー自分の母親が目を覚ましたんだもの。元茂はそれを見つめている。


 目を開けると、彼女は何事か小さく呻いて顔を上げた。


「……おや、お前……どうしてこんなところへ? ここは……?」


 自分をじっと見つめる彼女の瞳が確かに自分を捕らえていることがわかったんだろうーー元茂は身体を震わせて、「母上が……人の言葉を……」と呟いた。


「何をおかしなことを……何かあったの?」


「お岩殿、どこも具合は悪くないか!? 気分はどうだ? 猫又は?」


 お岩、と呼ばれた元茂の母親は市へ何事か伝えようと口を開きかけたけれど、突然息子が抱きついて来たので目を丸くした。


 僕らも正直驚きは隠せなかった。


 だって、彼は学寮で一番の剣術の腕前を持つ生徒で、体格も大きいし、僕が学寮で出会った生徒の中でもどこか一番大人びているように思えたからさ。


 彼はきっと母上が大好きに違いないんだ。


「こらこら、一体どうしたというの……まったく、何がなんだか……」


 そう言って笑っている元茂の母上はどこか楽しげだったよ。その表情に僕はなんだか見覚えがあるような気がして首を捻った。元茂の母上は肩に顔をうずめている彼の頭を撫でている。


 ーー一体どこで何を見たんだろう? 僕は彼の母上を見るのはこれが初めてなのに。 


 市も何も言わなかった。二人を見つめて嬉しそうにしている。

 それを眺めていたら僕もすごく嬉しくなったよ。

 だって市は初めて会ったあの交流会の時からずっと兄上と母上のことを心配していたんだもの。


「安心するのは早かろう。まだ化け物から開放されたわけではない。ただ意識のみがここへ逃げ果せておるというだけのことだ」


 親子の久しぶりの再会に水を指すようなことを言ったのは、助宗だった。いつも通りの武者姿でいかつい顔をしているから初対面だとかなり近寄り難い雰囲気の付喪神。


「せっかく親子の再会だってのに……ちょっとは配慮ってものがないわけ? 一文字ってのは本当に空気が読めないんだよ……こんなだから付喪神ってのは人の心を解さないだなんて思われるんだ」


 景光が助宗を睨みつける。しかし助宗も怯まない。


「時は無限にあるわけではございませぬ、景光さま。幽世へ呼び寄せた意識を永遠にここへ繋ぎ止めて置くことは出来ない……束の間夢の中で会話をするだけに過ぎませぬ。なればこそ、有意義なものにするべきです」


 一触即発の険悪な空気に、忠郷も総次郎も不安げに両者の顔を見比べていたよ。


 しかし僕は知っている。

 この二人はいつも喧嘩ばっかりしているくせだいたいいつも一緒にいるから、これしきの口論なんて何でもないのさ。

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