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136・鶴寮の三人と市姫、付喪神たちの怒りを目の当たりにすること《参》

「元茂殿には元茂殿の理由があったし、事情があるよ! 勝手にこんなことするなんてひどい!」


 僕は元茂がここへ呼ばれたと聞いて、内心、よくないことが起きているだろうというのはある程度予測していたよ。

 

 だけど、まさかこんなことになっているとは思わなかった。


 だって、普通に考えれば元茂は客人なんだよ!? 

 もてなすことこそあれ、こんなめたくそのこてんぱんに叩きのめすなんて信じられない!


「勝手にだあ? 馬鹿なことを言ってんじゃねえぞ、玉丸! これはれっきとした剣術の勝負だぜ。おまけに勝負自体はそいつも了承してのことだ。やるかどうかはてめえに決めさせてやったんだから、お優しい話じゃねえかよ。勝負に負けたのはそいつの腕が足らねえからだ!」


「元茂殿のことは学寮でもいろいろと調査が行われてるんだよ、長光。元茂殿はそのお沙汰を待っている状態だから、みんなが勝手に罰なんて与えなくたって、彼はもう十分後悔とか反省をしてるはずだよ」


「そいつの後悔や反省なんてことはどうでもよい! 我らが言いたいのは……」


 ーーわかってるよ! 


 僕は勢いよく立ち上がると、全く静かになる気配のない大広間にありったけの声で叫んだ。途中で言葉を遮られたみかつき兼光の付喪神が目を丸くしている。


「みんなは僕に何かあったら困るんでしょ! 知ってるもんそんなことは! みんなは謙信公が好きだから、なるべく親しい人に自分の持ち主になって欲しいんでしょ。だから僕にはなんとしても上杉の家を継いでもらわなきゃならないんでしょ。だから、僕になにかあったら困るんでしょ! 僕に死なれたら困るんでしょ! わかってるよそんなことは! ようくわかってる!! みんなっていつもそんなことばっかり……みんなみんな自分のことばっかり!」


 自分の視界の端に総次郎と忠郷が入ったのがちらりと見えたよ。二人は起き上がろうとする元茂を支えている。


 僕が叫び終えると大広間は幾分か静かになった。

 付喪神たちの気配の動揺が漣のように広がっていくのがわかる。付喪神にだって心があるから気配もそれと多少は連動するのさ。なんとか話は通じたみたい。


「なんだい、死んで償うだなんて……よくもそんなことが言えると思うよ。みんなが勝手にそんなこと決めていいはずないじゃないか。みんなはいいよ……刀の付喪神だから持ち主が死んだって自分は死んだりしない……だから死ぬなんてことが簡単に言えるんだよ。付喪神はいいよね、死ぬこともなくずっとずっと生きられて! 誰かの我儘で死んで償わされることもないし!」


 僕の脳裏に浮かんでいたのはフランシスコの幽霊だよ。


 死んで償わねばならないほどの罪が、彼にもあっただろうか。兄に殺されたというのに、恨むこともなく消えていった彼の微笑みが思い起こされてとても悲しい。 


 彼が殺されなきゃならなかった理由は、本当に信仰の理由だけなのか? 

 本当に彼は死ななきゃならなかったんだろうか? 



 ーーひどい話だわ。


 刹那、大広間が静まり返る。声の主は一文字の刀の付喪神だった。


「さ、山鳥毛……」


 彼女と姫鶴一文字はとにかく謙信公のお気に入りだった。

 見たこともないほどに美しい刃紋をしているらしくって、関東管領の本家である山内上杉家の家宝にされていたらしい。だから序列を抜きにしても他の刀たちからは一目置かれている。


 山鳥毛は付喪神にしては珍しくお喋りではなく無口な性格なので、こうして思い切り話を始めることは珍しかった。


「……だってあたしたち、お前のご母堂さまにお約束申し上げたのよ」


「約束?」


「……そうよ」



 ーーもしもあなたが我らに上杉の跡取りを授けてくれたなら、


 ーー神の末座に列する者として、褒美にお前の望みを一つだけ叶えよう



「……あたしたち皆々、お前のご母堂さまにお約束申し上げたわ。お誓い申し上げたの。彼女の望みだわ。死にゆくお前の代わりに、あたし達がお前の坊やをうんとうんと可愛がるって」


 山鳥毛の声は暗い。いつもそう思っていたよ。

 それが今日はなおさらうんと暗く聞こえた。

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