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135・鶴寮の三人と市姫、付喪神たちの怒りを目の当たりにすること 《弐》

高木長光は、板額という女武者の姿を借りています。

「元茂殿! 大丈夫?」


 僕は付喪神たちの歓声は無視して彼に駆け寄った。肩を揺らすと彼の腕に力が込められるのがわかってホッとする。元茂はすぐに身じろいだ。


「兄上しっかり! 一体何があってこんな……」

 僕とほとんど同時に駆け寄った市が顔を覗き込む。

 傷はなさそうだ。顔にも身体にも。


 そうだよ、だってここは夢の中なんだもの。

 ここではどんなに傷をつけられても血は出ないし、骨が折れたりもしない。死んだりしない。僕もここでみんなに稽古を付けてもらったりするのでよくわかる。


 けれども、傷は負わなくたって痛みは伴うのだーー元茂の苦悶の表情には覚えがあって、僕は彼の手を取った。


 この様子ではおそらく、こてんぱんにやられている。学寮ではいちばんの剣術の腕前だという彼が。元茂に掛ける市の声も震えていた。


「さあさ、もうおやめになったらどうだよ鍋島の若さま? 土台、人の分際で刀の俺らに剣術で勝とうなんてのは無理な話だ」


「そうだそうだ! 夢の中だからって舐めてかかると、目を覚ましてもぴくりとも身体が動かんぜ」


 そう野次を飛ばすのは同じ長船長光の刀の付喪神、日光長光だよ。他の刀たちも盛んに拍手をしたり、やいのやいのと声を上げている。まるでいつもの酒盛りのような気軽さで。


「一体どうしたの? なんでこんなことになっているのさ、長光」


 元茂の脇にしゃがみこんでいた僕は高木長光を見上げて尋ねた。

 高木長光は女の姿はしているけれども、それはむかし越後にいたというめちゃくちゃに強い女武者の姿を借りているとかで、とにかく身体がバカでかい。遥か遠い彼女の顔を見上げる形になるよ。


「俺たち長船、本当はなあ……そいつには一方的な仕置を願い出たんだぜ若さま。当然だ。上杉の跡取りに鬼をけしかけるなんてこたあ許されざる鬼畜の所業じゃねえか。到底黙っているわけにゃあいかねえよ。だのに、それをご城代はお許しにはならなかった!!」


 高木長光が忌々しげに上段の彼を指す。

 肘置きに持たれながらこちらを眺めている草間の表情は楽しげだった。


「そんな、一方的なお仕置きなんてのはつまらねえだろーーと、そういうわけだ。まったく……頭がイカれてるぜ、草間の野郎は! 俺たちのお世継ぎがあわや死ぬかも知れなかったんだぞ! ヘラヘラしてる場合かバカ野郎が!」


 高木長光が激高に近い声を上げると、長船の刀たちが後に続いたよ。長船はうちの刀の付喪神の中では最大派閥なので、大広間はいよいよ合戦場みたいなやかましさだ(僕は合戦場なんて経験はないけどなんとなくね) 

 高木長光は大広間上段の草間を木刀で指した。草間は何も言葉を返さなかったけど。


「つ、つまらないって……僕はこの通り全然なんともなかったんだよ。大丈夫だよ。だから元茂殿にこんなことしないでよ」


「なんともなくなんてないわあああ! うちの若さまは襲われたのよ!? 鬼の肉片を浴びて気絶して、意識を失っていたのでしょ!?」


 そう叫んだ声の主は唐柏だった。それに同じ長谷部の刀も続いた。僅かに身体を起こした元茂を指してね。


「そうよそうよ! あわや命を落とすところだったわ。御母堂さまが月の仙女だからよかったものの、月の龍脈の加護もない普通の人間が鬼の肉片なんかかぶったら死んでいるわよ!」


「ええ、そうなの!?」

 僕の驚きは、しかし誰にも拾われず大広間の喧騒に消えた。


「こんなの、罰を与えて然るべきじゃない!」


 そうだ、そうだーーと、大広間は一斉に長谷部派二振りへの同調に満ちた。


 僕は知っている。

 一度こうなると彼らは手が付けられない。そもそもが姦しい付喪神たちだ。それが興奮している分、静かにさせるには余計に時間を要するよ。


「うちのかわいい若さまに一体どうしてそんなひどいことするんだい? まったくわけがわからない。なんにしたって、人間なんて痛い目を見ないとまた同じことを繰り替えすぞ」


「そうよ。罪には罰、当然だわ。若さまは殺されかけたんだもの、死んで償わせるくらいのことをさせるべきよ。一度あることは二度、三度とあるっていうし、人間なんててんで馬鹿なんだから」


 守家と雲生の冷たい言葉に僕は叫んだ。ありったけの大きさの声で。


「もおおお!! どいつもこいつも勝手なことばっかり!! ちょっとは僕の話を聞いてってば!!」

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