134・鶴寮の三人と市姫、付喪神たちの怒りを目の当たりにすること 《壱》
「さあどうかしら? 長光たちが自分たちと剣術の腕前で勝負をして、勝ったら見逃すとか言っていたのよね。もしも自分たちから一本でも取れたら、命を助けるだけじゃなく褒美として願いを叶えてやってもいいとまで。お前の母親に取り憑いている化け物も自分たちでなんとかしてやろうということらしいけど……ようするに長光たち、化け物を自分たちの刃で切り捨てたいの。そんなのってずるーい」
「ちょ、ちょっと待ってよ。母親? それって……つまり、鍋島元茂の母親のこと?」
「そうよぉー? お母上が猫又の化け物に取り憑かれていて、江戸屋敷の座敷牢に閉じ込められているんですって。あたしたちの間でも有名ですの。これって、化け物切りの名を挙げる絶好の好機! もっとも? 猫又如き化け物じゃあ、切っても大した功名にはならなそうだけどぉ」
(猫又の化け物? 鍋島元茂の母親が……化け物に取り憑かれている!?)
「何よそれ? 一体なんの話なの!? もう少しわかるように説明してちょうだいよ」
すると、光忠の付喪神は勢いよく振り返り、市女笠から垂れ下がった麻の布から顔を覗かせた。嬉しそうに目を丸くして忠郷と総次郎の顔を交互に見つめる。
「あらまあ……若さまがた、もしかしてえ……噂を何もご存知ないのう?」
その時、総次郎も忠郷も驚きと共に千徳の言葉を思い出した。
――付喪神は皆お喋りで、噂話が大好きーー
僕は上秘蔵の連中がいつも雁首揃える幽世のお城の大広間へ向かう道中、驚くべき人物に出会ったよ。
「うわあ! 二人も来たの?」
いつも大広間へ続く一番最後の戸の前にいたのは、総次郎と忠郷だった。一緒にいるのはうちの刀の付喪神で、秘蔵の一振り――備前長船の光忠だよ。市女笠を取って僕に挨拶をする。
「ああ、若さま……鬼に襲われただなんて、肝が冷えるようなことはやめてくださいましよう。我ら備前長船の皆々どんなに心細く不安だったか……」
「ああ、お前もその話? 心配掛けてごめんね、そんなに大事になるとは思わなかったんだよ。この通り、僕はもうなんともないから大丈夫!」
それよりーーと呟いて僕は二人に目をやる。
「別にあたしたちだってこんなところへ好き好んで来てるわけじゃないのよ、千徳! 気が付いたらここにいたの! またこんなくたびれる夢を見ていたのよ、勝手に!」
「そうだぜ、全く。今度は一体何の用なんだ。どうせろくなことじゃあねえんだろ?」
総次郎が光忠を睨みつける。彼女は甲高く笑って言った。
「ご城代に頼まれておりますのよう。ささ、お早く参りましょ。みんな気が短いから、あまり待たせると我慢できなくて始めちゃう」
「始めるって……一体何を?」
音もなく戸が開くと、まず僕らの視界には光が飛び込んできた。畳敷きの大広間には青や橙色の灯りが宙で揺れている。この間来た時よりも部屋が明るい。
そうして次に声。ガヤガヤと騒々しい話し声、歓声、叫び声ーーそれらがどっと耳に飛び込んできた。
「いやーだあ!! もうとっくに始まってる〜!!」
光忠はそう叫ぶと音もなく広間の畳を滑っていつもの自分の定位置に腰を下ろした。僕らと一緒にきた火車切りは市と一緒にまだ僕の隣にいる。
大広間は本当に広い部屋だよ。江戸のお城にもこんな広い部屋はない。少なくとも西の丸にはね。
つい三日前の満月の晩に訪れた時と同じ席次で付喪神たちが並んで座っている。これはうちの父上が決めた彼らの序列の順番だから、彼らはこの大広間に集まる時はいつもこの席次で並んでいるよ。
ただ、この間と違っているのは、部屋の最奥ーー一段高くなっている上段の横に一人、付喪神が腰を下ろしていることだ。
草間一文字。
数百振りはあるといううちの刀の蒐集物たちの頂点。父上にそいつらの管理を任されている、うちの名物筆頭。
そうして二列に並ぶ付喪神達が皆々見つめる視線の先ーー部屋の中央に誰かが倒れていたよ。
その傍らに立っているのは黄金色の拵えの刀を刺した大柄な女の姿の付喪神だ。
高木長光ーー上秘蔵、と呼ばれるうちの秘蔵の名刀の付喪神。
彼は手に木刀を持っていたよ。よくよく見ると、倒れている人の傍にも落ちている。
僕はなんだかその倒れている人には見覚えがある気がして目を凝らすよりも早く駆け出していた。
少し近寄るといよいよそれがわかる。間違えるわけもない。