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133・忠郷と総次郎、幽世の戦支度を目の当たりにすること

ふと意識の中に切れ目が生まれて、総次郎は我に返った。


(……寝床が、硬い……?)


 まどろみの中に誰かの声が聞こえるーー耳を澄ますと、それは同寮の蒲生忠郷のものだった。


(俺は一体何をしていた……あれは夢か?)


 さっきまで自分の寮の部屋で兄に書いた文を眺めていたと思ったのに。そうしてあいつが外廊下で火車とお喋りをしていたはずだった。


「ーー備前長船という刀はね、とにかくよく切れるのよ。あなたのお刀だってそうでしょう? あたしたち光忠をお作りくだされた御方以来何代も素晴らしい刀工が続いて、うんとよく切れる名物ばかりが造られたわ。御方もそりゃああたしたちがお気に入りでいらしたの。我ら刀身が長いから、馬上からでもよく敵を斬れると言って自慢してね」


 誰かがめちゃくちゃ喋っているーー総次郎が身体を起こすと、自分が見知らぬ暗がりの中にいることに気が付いた。


 部屋の四隅にはゆらゆらと揺れる青い灯り。

 それを見つめていたら総次郎は思い出した。以前にもここへ来たことがある。


「あら! お目覚めになりましたね?」


「こんな硬い冷たい床でよくもまあそこまでぐっすりと眠れるものだわ。感心するわね、ほんと」


 忠郷の傍でにこにこしている女の顔に総次郎はどこか見覚えが在ると思った。


「ここはどここだ」 


「あらあ? もう忘れちゃった? こないだもいらしたでしょ? お父上様がご所有の兄弟刀の話をしましたよぉ?」


 派手な色の壺装束と首を傾げる仕草で思い出した。


「ああ……お前は、確か……光忠の……」


「そうよ。お二方も再びのお出ましと聞いて、迎えに言ってやれとご城代が仰せになったの。それで末座のあたしが出張って参りました」


 光忠の刀の付喪神はそう言って腰を下ろすと、総次郎と忠宗に指を付いて頭を下げた。


「さあ、参りましょう? お連れせよと仰せつかっております。今ちょっと立て込んでいるからちゃっちゃとねぇ」


「立て込んでる?」


 光忠の刀の付喪神が立ち上がると、ひとりでに部屋の戸がするすると開いた。忠郷も総次郎も、もはや何が起きても驚く気がしない。 


 部屋の外は大きな庭に面した長い廊下になっていた。


 その廊下には古びた具足を身につけた影のような従者がずらりと並んでいる。ぼんやりと人の形をしてはいるが、それは黒い煙の固まりのようにも見えた。


「こ、これは……一体どういうことなの?」


 まるで戦支度じゃないーーと忠郷が言うよりも早く、光忠の付喪神が背後の二人を振り返って言った。


「久方ぶりの陣触れでわくわくしちゃう。今日はねえ、若さまに鬼をけしかけた罪人をここへ引っ立てていますのよ。上秘蔵でも特に上席の方々が直々に御成敗になるんです。それで支度を整えているというわけ。もっとも、人の身の上で幽世から逃げたりなんて出来るわけないけどーお?」


 光忠の付喪神は影のような兵を指して、


「だけど一応はね。念の為にね、敵をここから逃さないように死んだ兵の具足に残る魂の残滓で警護をしているのぉ。あたしたちのように永く年月を生きることなく壊れた器物にだって人の心や魂は宿りますのよ。これらは皆、戦で使われた上杉兵どもの具足なのー。ねえ、いいでしょう?」


 と説明した。しかし忠郷はそんなことはどうでもいいらしかった。


「ごせいばい、というのは一体なんのことよ!?」


「ああら、江戸のお城の中で鬼の石をばらまく輩が出て大騒ぎだったって聞いているわぁ。お二人も大変だったのでしょ? とんだ災難でしたわね」


「そりゃあね……大変だったわ。だ、だけど成敗なんて……そんな物騒な話は初耳よ! 勝手にそんなことをして許されると思ってんの!?」


「いやだ、蒲生や伊達の家には関係ないことだわぁ」


 そう言って楽しげに笑うと、光忠の付喪神は持っていた市女笠を被って再び前を向いた。

 屋敷の中でそんなものを被る意味がどこにあるのだと総次郎も忠郷も思ったが、彼らは付喪神である。おそらくは、この格好自体が気に入っているらしかった。


「御成敗ということは……あれか……つまり」


 ーー殺すつもりか、と総次郎は尋ねた。光忠の付喪神は振り返らない。

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