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131・もしも話が出来るなら

鍋島家にもなにかあるーー総次郎は御殿へ戻る道中でもずっと引っ掛かっていた。


(確かに、廃嫡の件は本人も言っていた……母親のこともいっそ直接聞いてみるか? いや、さすがにそんなことまでは話さないだろ)


 部屋に戻ると忠郷が一人で外廊下に腰を下ろしていた。

 一人で何やら喋っている。


「ーー当然でしょ。髪は女の命だもの。毎日手入れをしていてよ。もちろん、女でなくなった今でもね」


「女の髪って人気あるもんなあ。死人の髪をいっぱい集める地獄の鬼もいるよ」


「えええ!? あ、あ、あ集めてどうすんのよ、気色悪い!」


「へ? さあ……別にどうもしないんじゃない? 何かを蒐集する奴らなんてそんなもんだよ。好きなものを自分の周りに置きたいんだろ。好きな気持ちに理由なんてあるもんか」


 声が聞こえてわかる。忠郷は火車と喋っているのだ。


 すると総次郎の気配に気が付いたらしい彼が振り返った。

 手に櫛を持って火車を膝の上に乗せている。


「……あいつはどうしたよ」


「勝丸に呼ばれて出ていったわよ。上覧試合も近いから、色々と決めなきゃならないことがあるからって」


 忠郷は櫛で火車の長い毛をすきながら言った。


「なるほどな……そりゃあそうだろうぜ。いつまでもこんなところに隠れているわけにも行かねえだろうしな」


「そんなことよりさあ……お前! 文の方はどうなってんだい! おいら、出発するのを今か今かとずうっと待ってんだけど!?」


 痛いところを突かれて総次郎は再び文机に向かった。一応完成はしているものの、これを兄の手元に送ることへ今一歩決心がつかない。


(こんなことをしたところで、またしばらくすれば父上がこいつを持ってくるのではないか? やめろとあれほど言ったのにと、どやされるだけなんじゃないか……?)


「ねえ……あんた、死者の世界には文は届けられないの?」


 深い溜め息をついていると、不意に忠郷の声が聞こえてきた。

 総次郎は抱えた頭を少し持ち上げて彼を見る。忠郷は既に再び庭を向いていて、自分には背中を向けていたけれども。


「死者の世界い? お前は一体誰に文を届けたいの?」


「決まってるじゃない。死んだお父様よ。本当は文なんかじゃなくて話が出来たらどんなにいいかと思うけど……それでも、お父様に言葉を届けられるだけでも出来たらどんなにいいか……」


「うーんと……あんまりハッキリ言うとまた千徳の奴に《ほんっと火車って人の気持ちがわからないんだから!》なんて怒られるけどさあ……死者に文届けるなんて無理だよ」


「そうよね……無理よね、そんなことは」


 目に見えて忠郷の背中が丸まって、総次郎は思わず声を掛けた。


「お前は地獄の鬼だろうが。なんで死者に文の一つも届けられねえんだよ」


 忠郷が振り返る。


「あのねえ? 死んだこともない連中にこんなことは言うだけ無駄な話と思うけど……あの世ってところがどんな場所か知らないからお前達はそんなことが言えるんだよ。あの世なんて死者が星の数ほどもいるんだ。文なんて届けられるもんか。魂を探して連れてくるなんてことも無理だからね」


 忠郷はしばらく俯いたまま黙っていた。


 どれくらい時が経ったかーー不意に声が聞こえて、再び総次郎は彼の背中へ目をやる。


「……あたしは愚かだったのよ。お父様が病でもう長くはないとわかっていたのに……あたしはどんな言葉を掛けたらいいのかわからなかった。苦しそうにしているお父様の姿を見たくなかったわ。これが本当に最期と……あの日、あの時……もしもそれがわかっていたら……あたしは最期にお父様と一体どんな話をしたかしら。やっぱり顔なんて見れないわ、きっと。それじゃあ……やっぱり話なんか余計に出来ないわね……」


「それで文かあ……ふうん……」


 火車がぴょんと忠郷の背後に回ってきて、総次郎と目が合った。首を傾げるその仕草は頭を捻っているようにも見える。


「まあね……ダメ元でやるだけやってみてもいいけどさ?」

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