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130・客間用人頭、再び!《弐》

「俺たちは客間の隣の部屋から客間の会話を聞いているだけだ。当然その場の会話だけじゃあわからんこともあるね。元茂の母親がどんな状態なのかってことはわからなかった。ただ、具合は相当悪いものですよ。人として生きることはこの先二度と叶わないだろうーーなんて、言われていましたからね」


「あいつの母親? 一体何事だ……?」


「さあてねえ。しかし話を聞く限りじゃあ、一服盛られたのかもわからんね。死ぬことはなかったものの、そのせいでずっと具合が悪くて人らしい暮らしはおよそ送れていない……お可哀そうにねえ。大御所様の養女ならそんなことにはならんかったんだろうに」


 新井信五郎はそのまま早口で総次郎に言葉を続けた。


「こんな噂もある。鍋島の家はね……」


 ーー呪われてるんだ


「呪い?」


「そうとも。ご存知ですか? そもそも鍋島家は龍造寺という家の陪臣だったんですよ。それを今の佐賀藩主のお父上がのっとって大名になったんです。つい数年前にその龍造寺の家の人間が鍋島家の専横に業を煮やして自害しているね。奥方は鍋島の家から嫁がれてきた人らしいが、そいつが自害する前に道連れにぶっ殺したんだ。そりゃあ惨たらしくね」


「……だからそいつが、鍋島の家を呪ってるんだろうって? バカバカしい」


 呪いなんてーーと口にした総次郎だが、しかし脳裏に千徳や火車、勝丸のことが過ぎって、その声はいつもよりずっと小さくなった。


 そんなものがないとも言い切れないーー少なくとも、色んなものが見えるようになった、今ではそう思う。


「俺がそんな鍋島家の情報を知っているのは、他でもない……そういうことをここで話していた人間がいたということですよ。南の御殿にはもうひとり、鍋島の家から出仕している生徒がいるね。蟹寮の鍋島孫平太……こいつの実家から来た人間が客間でそういう話をずいぶんとしていたよ。鍋島の本家は呪われている……お父君の病もそのせいだろうって。家臣連中は若さままで呪われちゃあかなわんと心配なんだ」


「病……つまり、あの孫平太の父親も具合がよくねえのか」


「そうらしいですね。領国で療養しているらしいですよ。ついでに言うと、孫平太のお父上は将軍様の近習をしていたらしくって存外可愛がられているという話だが、元茂の祖父や父親は大御所様を重要視していなさるね……つまり、本家と分家とで派閥が違う。分家の方は本家に巻き込まれて自分たちまで《呪い》の被害に遭いたくないんだ。分家の家来達が学寮へ面会にやってきては、あまり元茂には関わるなと釘を刺していた。若さまもまだお小さいから、家来たちの言うことには逆らわない……客間を垣間見た人間の話じゃ、うんうんと頷いていたという話ですがねえ」


「呪い、か……ってことは、分家の方じゃどうせ元茂の奴の母親だって呪いでどうにかなってるという話なんだろ? だけど、その話が本当だとすれば元茂の母親を父親がどうこうしたなんていう話はデタラメじゃねえか。一体どっちが事実なんだ?」


「さあてねえ……俺は客間で繰り広げられる諸大名の会話を取りまとめて報告するだけが仕事だもんで、そんなことはわかりませんよ。単に本家と分家のご家来同士の対立かもわからんしね。ただ、これだけは言える……」


 新井新五郎は楽しげに囁いた。

 彼はずっとそうだ。気だるそうにしながらも、客間で繰り広げられた秘め事を他者へ暴露することが存外楽しいと見える。


 恐ろしい男だと、総次郎は心の底から思った。


「元茂の御母上がどんなふうなのかは知らんがね……彼女をあんな風にしたのはお父上さまなのだ、とーー元茂に面会に来た元茂の周囲にいるご家来は言っていたよ。奴らは《呪い》だなんだという話は一言もしなかった。ただ、全てはお父上さまの仕業と言っていたね」



 お父上さまが、お母上さまをあんな風にしなすったーー



「それを聞いた鍋島元茂は、憤激のあまりお客に振る舞われる白湯の茶碗を畳に叩き付けて壊しやがったんですよ。絶叫して、言葉にもならない声をあげていた……不思議に思ったのか、隣の客間にいた生徒が顔を出したほどだった。それが……」


 ーー有馬フランシスコです、と新井新五郎は言った。


 相変わらずその顔はにやにやしていて、総次郎は益々気分が悪くなる。

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