129・客間用人頭、再び!《壱》
布団に入ってすぐに寝息を立てた二人を横目に、総次郎は一人中々寝付けずにいた。
自分も今日はずいぶん剣術の稽古をしたので身体はいつもよりくたびれている。
理由はわかっていたーー気になることがある。
それは日中に知り得た情報のせいだった。
千徳が自分の従兄弟二人に会うと客間へ呼ばれてからしばらくして、総次郎も鈴彦が呼びに来た。
一緒に見慣れぬ少年を一人連れている。羽織の色からして客間係に違いなかった。
「なんだ?」
総次郎の口調に不安を覚えたのか、客間係の少年は申し訳なさそうに言った。
「試合も近いしお忙しかろうとは思うのですが……実は、その……うちのお頭があなたに用があるので、ぜひお出ましいただくようにと……」
「お頭?」
睨みつけるように尋ねておいて、総次郎はすぐに思い当たった。
ああ、きのう賄賂を渡して口を割らせたあいつーー
総次郎は支度をしてすぐに部屋を出た。忠郷と元茂にもいちおう行く先だけは告げて出る。
「いやあ、伊達家のご嫡男さまにわざわざご足労いただいて申し訳ないですねえ」
総次郎が客間係の下っ端に連れてこられたのは、中奥は御広敷にある客間係の待機部屋だった。どうやら客間係用人頭の新井新五郎はここへ自分専用の部屋をもらっているらしい。出世するとそうなるのだということは総次郎も最近知った。
「ほら、きのう話そびれたことがあったもんだから」
要するに追加で金をせびりに来たのかーー総次郎はすぐにピンときた。一度彼を睨み付けて袖の袂を漁る。
「そうだったな。昨日は邪魔が入った。全部話せ、今すぐここでだ。まだるっこしいことは嫌いなんだよ」
総次郎は新井の腕を掴むと掌を上に向けさせた。そうしてその上で握りしめていた拳を開く。
ばらばらと掌に銀の雨が振って、新井新五郎は声をあげた。
しかしすぐに口を閉ざして小声で総次郎に言った。
「……そうこなくっちゃな。さすがは伊達家の御曹司。これは本当にそれだけの値打ちがある情報ですよ」
さっそくまだるっこしいーー総次郎は舌打ちをして「早く本題に入れよ」と急かした。
「……きのう、南の御殿のぬしさまと一緒にいたでしょ? 藤の寮の鍋島元茂……あいつにも最近、しょっちゅう実家から家来が面会に来ていましたよ」
「……元茂の奴に?」
「そうそうそうそう」
新井新五郎は本当に早口だ。
「……ご存知ですか? あの生徒はね、元はご実家のご嫡男だったけど廃嫡になったんですよ。それをあいつのご家来衆が快く思ってない。傅役だとかお小姓だとかがね。相当不平不満があるようですよ……それでここにも面会に来てた」
なるほどなーー総次郎には容易に想像できた。
自分にも大勢弟がおり、それぞれに乳母や傅役、直臣らがいる。父・政宗は兄以外の総次郎の弟らには特別優劣を付けているようではないものの、そんなことがあればやはり彼らは良い気はしないだろう。
「……あれはそう、例の有馬の家の生徒が死ぬよりも前のことだ。面会に来ていたご家来がね……」
新井新五郎はいよいよ小声で囁くように総次郎に言った。
「元茂のやつに、豊臣の家への内通を誘っていましたよ。元茂が死んだフランシスコと客間で親しげに話をしていたところを見た客間係もいる」
(……なるほど。あいつが言っていたことは事実だったというわけだ……)
総次郎は新井新五郎には何も言わなかった。
それは彼の寄越した情報が既に自分の知っていたものだったということもあったけれども、こういう人間は大仰に反応すると調子に乗ると思ったからだ。
しかし彼は少しも落胆しなかった。
「おや? これは既にご存知でしたか。さすがにお詳しい……そもそも鍋島という家は、今の佐賀の藩主殿が関ケ原の戦の時に西軍の味方をしたらしいね。ところが、父親である藩主殿のお父上が東軍について、息子にも寝返るようにと命じてそうなった。だから大阪からそういう声が掛かったのかもわからんね。でも、元茂はその家来の提案を一蹴したんです。でも家来たちも食い下がらなかった。彼の母親があんな風になったのは、全て藩主のせいじゃないかと言った」
「佐賀の藩主……って、あいつの父親じゃねえか!」
そうそう、と言って頷く新井新五郎は楽しげに総次郎の反応を見つめている。