126・だって、これは夢だから
「……さっきからずっと笑って……一体何がおかしい」
「ああ、ご気分を損ねられたのでしたら申し訳ありません。あなたは本当に優れた剣術家におなりですよ。僕にはわかります。これでも刀の付喪神ですから」
付喪神はすっかり眠りこける鶴寮の生徒ら三人を指して言った。
「あなた以外の方々はちょっとやそっとでは起きぬでしょうね。ずいぶん剣術の稽古をなすったと見える……けれどもあなたは僕がここへ訪れてすぐに目を覚まされた。気が付かれましたね、僕の気配に。それはあなたがさほどにはくたびれておらぬせいだろうと思いますね。そんなあなたと試合をせねばならないだなんて、若さまがたもほとほと運がないなあと思ったらおかしくって。だって腕前が違いすぎるじゃあないですか」
「まったくだよねえ。この中じゃあ唯一、こいつだけはいい線いくんじゃあないのかい?」
火車がぴょんと飛び乗ったのは総次郎の身体の上だ。しかし眠りが深い彼は身じろぎ一つしなかったけれども。
「化け物の城へなどゆかぬ。とっとと失せろ!」
「おお、怖い。まあまあ、話だけでもお聞きなさいよ。安全なところですから、ご心配はいりません。あなたの妹君をお連れ申し上げたこともありますよ?」
「妹を?」
「ええ。そこのうちの若さまなんてしょっちゅう来てますね。そうして、てんで剣術の腕前がなってないと叱られ怒られ罵倒されながらうちの方々にしごかれていたりします。みんな程度や加減を知らないもんだから、お小さいころはそりゃあひどく泣いちゃってねえ……それでまた怒られるんです」
火車が「きしし」と笑い声を上げる。
水神切り兼光は足元に短冊を置いて言った。笑みが消えた表情がまっすぐこちらを向いている。
「……あなた、御母上さまに会いたくはないですか? まだ人の言葉が通じたころのご自分の御母上さまに……」
「は、母だと?」
再びにやりと笑うその顔がひどく不気味に思えて、元茂は僅かにたじろいだ。
やはりこいつは人の姿をしているだけの化け物に違いない。
「そうです。猫又憑きのあなたの御母上さまです。ご実家の江戸屋敷の座敷牢に囚われたお可哀そうな御方……ああ、あなたが実家へ送られたあの石は僕が処分しておきましたよ。闇の龍脈の結晶は危険な代物ですが、あれくらいの欠片なら澄んだ水流があればすぐに駄目になります」
頭がよく回らないーーこいつは一体何を言っている?
これは夢か? 現か? 元茂は軽くめまいを覚えた。
「お前は一体……何が狙いだ」
「……会わせて差し上げますよ、あなたの御母上さまに。もっとも、意識だけの再会になりますがね」
水神切り兼光は腰を下ろすと、置かれていた短冊を元茂の方へ差し出した。
「これを枕元に置いてもう一度瞼を閉じてくだされば、それで我らあなたを幽世の居城へお招き出来ます。御母上に会わせて差し上げますよ……なあに、ご心配はいりません。我らも我らのためにやっていることですから」
火車がぴょんぴょんと軽い足取りで彼の元へ跳ねていく。
ああ、これはきっと夢だろうーー元茂は自分の考えに自分で納得して頷いた。
そうだ、夢に違いない。夢ならどんなことも許されるはずだ。
例えば、化け物に誘われるがまま座敷牢に閉じ込められた母に逢いに行くことも。