123・千徳の保護者たち、事件について考えを巡らせること《弐》
「そんな……学寮の行事が優先されるなど納得が行きませぬ! 一歩間違えば若君は命を落とすやもしれなんだのですよ! 即刻原因の究明に当たってしかるべきではないですか!」
「……決定事項だ、諦めろ。お船にも伝えた」
嫁の名を持ち出されて渋々頷く。彼女が諾と言えば自分が否とは言えないのが直江という家だ。
しかし直江山城守の表情は「はい諦めます」とはとても言い難いものだった。
「よろしいじゃあないですか、旦那さま。若さまはご無事だったんだから。それが誰のどのような邪悪な企みよるものであったかはこれから調べるとして……」
すると刹那、主人に険しい表情で睨み付けられて水神切り兼光は身体を固くした。
嫌な予感がする。
「ほう……では、それはお前が早急に突き止めるということでよいな」
「え、ええ……ぼ、僕……ですか?」
「ちょうどお前、鍋島の家へ物見に行っていたではないか。それと関係しているのだろ?」
「そりゃあまあ……そうなんですけど……」
水神切り兼光は景勝へ向き直って言った。こちらの方が圧倒的に話が通じる相手である。
「実は、鍋島家の座敷牢にはおなごが一人囚われておりまして……そのおなご、猫又憑きなんですね。猫又に取り憑かれておるのです。それが原因で鍋島家のおひいさままでその猫又に呪われている。若君が仲良くなったおひいさまで、この猫又憑きのおなごの息子というのが件の闇の結晶を持っていた生徒ですよ」
「……猫又か……大した物の怪ではないが……」
さすが、十歳で地獄の鬼に傷を負わせる人間は反応が違う。
「そうなんですよ。だから逆におかしいでしょう? 二代目さまもご存知ですよね? 猫又なんて化け物は取り憑かれたってちょいと水をぶっかけりゃあどうにか出来るはずなんですよ。ですが鍋島家の人間はそれをせず、既に何年も猫又をおなごの体内に閉じ込めたまま放置しています。暴れるからと言って、猫又憑きにしたまま座敷牢に閉じ込めて飼い殺しにしているんですよ」
一体なんのためにーー
水神切り兼光がそう呟くと、直江山城守が声を掛けた。
「その猫又の件と此度の鬼の騒ぎ、繋がっているということか?」
「無関係ではなかろう……ということです」
話は数年前に遡るーー水神切り兼光は話しだした。
口調がどこか楽しげであるのが主従にはイラッとする。彼等付喪神にとり主人以外の人間の身に起きた不幸など、現の噂話に過ぎないのだ。
「ある年の始まり……肥前の国を治める佐賀藩主・鍋島家の江戸屋敷に一族が集まり宴会を催していたんです。年賀の宴ですね。その場に現れたのが猫又の化け物です。
その場にいたのは先代の当主で隠居の鍋島直茂に、彼の息子で今のご当主ーー勝茂。弟の忠茂にその奥方。勝茂の長男に幼い長女と彼のご正室にご側室……この側室というのが、猫又憑きのおなごです」
「その場にいた人間など、よう調べたな」
「ええ、まあね……簡単ですよ。名のある御家なら古い家宝のひとつやふたつ必ずありますもの。付喪神というのはおよそ皆お喋りで噂が大好きだもんで、あちらこちらの御家の名物を聞いて回ればわからぬことなどございません」
彼は得意げに言うが、彼らが口さがなく噂して回ったそれはおぞましい光景だった。
年賀に集まった鍋島家一族の宴を、化け物が襲ったのである。
「そいつは芸者に化けて、鍋島家の宴席で琵琶に似た楽器を弾いていたそうです。不意に化け物としての姿を現し、その場にいた人間たちを次々に襲い、血祭りに上げ始めた……あっという間の出来事だそうですよ」
「しかし、鍋島家の上屋敷ならうちとも目と鼻の先……江戸の城もすぐ傍だ。化け物に襲撃されたとなれば何も騒ぎにならなんだのは少しおかしい気もするが……」
「それが恐ろしいところです。周囲に異変を気付かれぬよう、猫又の奴め、屋敷の周囲に簡易な結界のようなものを張っていたのかもしれません。事実、気配には敏い若さまや火車、うちの家の人間たちも全く気付かなかったのですからね」