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122・千徳の保護者たち、事件について考えを巡らせること《壱》

 すると、水神切兼光は部屋の外から人の気配がすることに気が付いた。掛けられた声の主は主人の近習・大熊である。


「旦那さまお目覚めですか? お屋形さまがお見えになりましたよ」


 声が聞こえるや否や、彼は慌てて髪を整えだした。水神切りも急いで主人に羽織を手渡す。五歳の頃から一緒にいるのだから今更身なりなんて気にすることもないとは思う水神切りだったが、付喪神は主人には逆らえない。


 主人の主であり、水神切り兼光の前の持ち主ーー上杉景勝は無言で部屋に入ると、彼の布団の傍に腰を下ろした。


 主人共々頭を下げて彼を迎えた水神切り兼光だが、顔を上げて驚いた。

 口と目の周りを僅かに残して彼の頭は布でぐるぐる巻にされている。先程学寮からの客人がいた時分からあれほど何度も何度もやり直していたのに、結局状況はあまり変わっていなかった。


「お、おいたわしや……御実城様……なんという有様……」


 再び主人の顔色から血の気が引いたのがわかって、水神切り兼光は「お気を確かに、旦那さま」と声を掛ける。

 しかし主人の顔に衝撃を受ける彼には自分の言葉など届いてはいないようだった。青い顔で震えていてこちらの方がよっぽど具合が悪そうに見える。


「やはり呪詛返しなど某の身で行うべきでございました。予期せぬ事態のひとつやふたつ遭って然るべきとは覚悟をしておりましたが……まさか、城内で鬼に襲われるなど……」


「……見た目ほど大したことはない。お前も大事ないか」


 声の調子を聞くに、確かに大したことはなさそうだーー水神切り兼光は胸を撫で下ろして主人の代わりに応えた。


「お気になさいますな。主上が倒れた原因は寝不足だと思いますよ。ここのところ寝ずに写本を作っておいででしたので。食事もあまり取ってないし」


「この馬鹿者」


 言うが早いか、景勝は直江山城守の頭をぽかりと殴った。いつもの彼らのやり取り。この五十年の間よく見る光景。


「……皆来ていたぞ」


 不意に景勝はそう呟いた。ただこれだけの言葉で上杉景勝の意図を組めるのが直江山城守である。


「まさか……あの主務、今日の今日で本当にここへ参ったのですか? なんということ……口惜しや……こんなザマになっておらなんだら誓いを破った報いを受けるところであったのに……」


 どうか落ち着いて――水神切り兼光が何度目かの言葉を掛けた。


「……そう言うな。あの護衛役が結晶の残骸を始末したそうだ。原因も突き止めると申していた」


「闇の龍脈の結晶を……ですか?」


 水神切り兼光が尋ねると、景勝は低い声で「ああ」とだけ言った。


「ずいぶんと腕の立つ御方ですねえ。なるほど……大したものだ。さすがは烙印持ちです」


「烙印持ち?」


 主人が不思議そうに繰り返したが、水神切りはそれについては無視して景勝に言った。


「鬼もあの護衛役が倒したのですか?」


「……いや。鬼は火車の奴が雷で炭にしたと聞いた。護衛役殿が御殿に駆けつけた時には既に鬼の姿はなかったそうだ」


「それならそれで、若君に危機が迫る前にそうすればよいものを……まったく化け物め! 肝心な時になんの助けにもなりませぬ」


「……そうだ。だから、わしもあれには特段そうしたことは期待しておらぬ」


 それよりもーー水神切り兼光は言葉を差し挟んだ。尋ねるべきことは沢山ある。気にかかることも。


「鍋島家の江戸屋敷にも闇の龍脈の結晶がありましたよ。鍋島家のおひいさまに尋ねたら、兄が学寮から文と共に送って来たとか。その生徒はなぜあんな危険なものを所持しておるのでしょう?」


「……さてな。儂も護衛役に尋ねたが、詳しいことはまだわからないらしい。本人が口を割らぬと聞いた。調査は進められるという話だが、上覧試合が近いので全てはその後になるだろうということだ」


 景勝は諸大名の間ではとかく無口で喋らないという噂を立てられているが、決してそんなことはない。

 水神切り兼光は知っている。

 

 全ては偉大な先代に己を近づけようとする彼の対外的な印象操作パフォーマンスであるということを。


 とりわけ彼は付き合いの長い弟分である直江山城守に対してはとにかくよく喋った。

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