117・痣の等級(ランク)
「それでは、僕は部屋に戻ります。剣術の稽古をしなくちゃ」
僕は西の御殿のぬしさまーー徳川義利と大助に頭を下げた。二人が僕に向ける疑心……のような刺々しい気配はずいぶん和らいだと思うよ。
しかしそんな風に感じた刹那、義利が僕を睨み付けたので「そんなことなかった……」と僕はちょっぴり落胆した。
「……勘違いするなよ。お前という人間を信用したわけではない。上杉は父上に従わなんだのだから当然だ。ただ、お前は役に立つゆえ使うだけ」
「痣持ちのぬしさまのお役に立てれば、某も幸いです」
僕がそう言うと、義利の顔は引きつった。大助も青い顔をして僕と義利の顔を見比べる。
「お前……どうしてそれを知っている」
「へ? どうしてって……ああ、そうか。みんなはこういうのもわからないのか……」
龍脈の力っていうのは目に見えない、と言うけれどそれは僕には当てはまらない。
だって僕には義利殿がきらきら輝いて見える。
これはたぶん、徳川の将軍家に許されているという光の龍脈の力だよ。将軍さまもおんなじ風に、身体には金色の靄が掛かってきらきらしてたもんね。
「僕、龍脈の力も感じるんだ。感じるというか……見えるというか? 僕、龍脈の力が通ったものには色んな色の靄が掛かって見えるんです。人間もそう。人の体内を巡る龍脈の色だよ。でもそれだけじゃなくて、他の龍脈の力を使うことが出来る人はもっと色んな色の靄がかかってるんだ。同じ力の龍脈は同じ色や輝きをしてるよ。光の龍脈ってすごく綺麗だよね。金色の色で光って見えるんだ」
僕が初めて学寮に来た時ーー勝丸に連れられて御殿を案内されている時のことだったよ。
僕は西の丸の大庭から御殿の説明を聞いていた。
その時だよーー御殿の渡り廊下に大勢人が歩いていたんだ。その中央に輝く靄に包まれた何かがいた。
「勝丸に聞いたら、あれは西の御殿にいる大御所様のご子息だって言われたの。僕、思わず走って君を見に行ったんだ! だってすっごくきらきらしてきれいだったもの。こんなきれいなもの、初めて見たよ」
「き、きれいなど……そのような言葉で煽てられたりせんぞ!」
義利が叫んだけど、どうにもその言葉は納得できない。
「おだてるなんて……本当のことだよ。そんなに綺麗なものが自分じゃ見えないってのも、なんだかすごく損をしてるよなあ……僕は将軍さまにも会ったことがあるし、その時に将軍さまの光の龍脈も見えたけど、君ほどはきらきらしてなかったよ」
忠郷も光の龍脈の痣持ちだと言ったし、事実そうだと思ったよ。同じ金色の輝きが見えるから。
だけど、忠郷のそれはとても淡い。目を凝らすと時折見える、空気中のホコリのようなものだ。それから比べれば義利の煌めきの強いこと!
「きっと、君はものすごく龍脈の力の鍛錬を積んでいるんだ。だってすごくきらきらしてるもん。同じ龍脈の痣を持っていると靄の色も似ています。だけどようく見るとわかるんだ。似ているだけで同じものなんてない、って」
僕に見える靄は、個体に宿る龍脈の力の量や性質を表しているのだろうと、直江山城守は推測していた。
靄の量が多い人間は幾らでも龍脈の力を引き出せる人間ーーつまり、烙印持ちである可能性が強い。総次郎なんかがそうだよ。常にすごい靄がダダ漏れていて足元なんてよく見えないくらいだ。
将軍・秀忠さまは光の龍脈の痣持ちだけれど、烙印持ちではないだろう。生まれながらの痣ではなく、源泉の土地神に許されて与えられた管理者の印。うちの父上もこれだった。
秀忠さまの靄の量もかなりのものだけれど、それは常に一定で漏れ溢れるという程ではなかった。おそらくは源泉を守護している土地神が痣を与えた彼らに貸し与える力の量を制御しているからだと思う。
義利が持つ龍脈の痣は、おそらくは源泉の管理者となった大御所さまかもしくは叔父の将軍さまより授かったものだろう。だから、龍脈の量自体はそう多くはない。痣の等級が下がるからね。忠郷もたぶんこれだ。