111・千徳、売られた喧嘩を買って、宣伝すること
(ひとつーー隣の部屋に人の気配。誰か生徒が隠れているな……)
「ぬしさま? どなたか、同寮の方がお戻りみたいだよ。隣の部屋で心配そうにしてるみたい」
すると、まるで僕の言葉が合図のように、ゆっくりと寝間に続く部屋の戸が開いた。僕が指したまさにそこ。
見知らぬ顔の生徒が固まったままこちらを見つめていたので、僕は言った。
「上杉千徳喜平次といいます。君だけは僕を探しに行かず、ずうっと廊下にいたよね? 部屋に入る頃合いをずうっと探ってた。僕を見失ったという報告のため? でもぬしさまが誰かと話しているみたいだったから部屋に入ることは控えたんでしょ」
「ど、どうしてそんなことがわかるんです?」
こういう反応がいちばん楽しい。自分に興味を持ってくれているってことだもんね!
「わかるよー。だって気配がしてたもん! 人の気配は一人ひとりみんな違うんだよ。だから何人いるかもわかります。君はぬし様には信頼されているんだね。君がここへ現れたらぬし様は安心したみたい」
「ええ?」
「黙れ! あ、安心など……」
「よっぽど心細かったんだね。僕、そういうこともわかるので隠し事なんて意味ないですよ。人の気配は感情や心の動きで変わりますので、嘘をつかれてもだいたいわかります」
稀に恐ろしく感情や心の振れ幅が少ない人もいて、そういう人は気配も常に一定だから嘘をつかれても全然わからない。うちの父上はまさにそういう人なんだよね。あとは、嘘をつくことに何の躊躇いもない人なんかも、気配に変化が見られないから嘘を見破りにくい。
「はああ……す、すごいですね……」
「容易に信じるな、大助。どうせ適当なことを言って俺たちを欺いておるのだろ」
「嘘なんて言わないよ。信じるか信じないかはお任せします。いつかこんなことでも西の御殿の皆さまのお役に立つことがあれば呼んでください。ああ、幽霊や化け物も見えるよ。江戸のお城ってそういうのいっぱいいるから、何かお役に立てることがあるかもね」
二人は不審げな顔をしていたけれど、僕はしっかり自分の宣伝もしておいた。
僕のこういう力のことを知れば彼らの反応も変わるかもしれない。
そもそも僕が挨拶にも来ず何者かよくわからなかったからこそ、義利は僕に腹を立てているのかなとも思うしさ。
僕のこういう力は人の為に役立ててこそ意味や価値があると言われているから、しっかり宣伝して学寮の事件や不穏を一掃しなくっちゃあね。
長員はあまり頼りにはならなそうだもん!
僕は再び義利に声を掛けたよ。いちばん大事なことを言わなくちゃ。
「元茂殿はうちの寮でお預かりしている生徒なので、貴方にはお引渡し致しかねます。だって、僕は斜陽の家から出仕しているただの一生徒ですので、あなたのように御殿や学寮を動かせるような人とは違うよ。主務にも勝手なことをするなと言われているし、勝手に元茂殿を連れてきたりしたらめちゃくちゃ怒られる。これ以上何か用事があるならうちの主務にでもお言いつけください。もしくは北の御殿のぬしに?」
義利の同寮は手に何かを持っていた。折り畳まれた、白い大きな紙……やおらそれを広げて頷いた。
「……そうか、実際に見えるんだ」
義利にひそひそと耳打ちする。一体その紙はなんなんだ?