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110・千徳、売られた喧嘩を買うこと

 突然、張り詰めた彼の気配が一気に爆発して僕は驚いた。部屋に彼の声が響き渡る。


「一度秩序の綻びを見逃せば隊はたちまち総崩れとなる! 罪を犯した人間には罰を与えて然るべき。さもなければ二人、三人と後に続く者が出るともわからんだろうが」


「それもわかるけど、でも、後に続く者を出さないためには、罰を与える見せしめより石をここへ持ち込む人間を探した方がいいと思うんだけど」


「だから! それも元茂の奴に吐かせるのだろうが! 一体誰が鬼の石なんぞをここへ持ち込んだのか!」


 叫び終えると、義利は息を吐いて僕を強く睨みつけた。


「上杉に名誉挽回の機会をくれてやるつもりでいたが……どうやらつくづく馬鹿な血筋と見える。お前の父親も、お前も」


「ははあ……なるほど。それで僕に元茂殿をここへ連れてこいと……」


 まったく――世の中の人間たちはどうしてこう何もわかっていないのか。

 僕は考えを巡らせたよ。どうしたらうちの家のことをもっと理解してもらえるんだろうか。


「うちは別に、挽回しなきゃならないほど名誉に傷を付けてはいないけどなあ……」


「天下人に喧嘩を売った斜陽の名家が苦し紛れに何を言うか。この俺に逆らうということが一体どういうことか……どうやらお前も親父と同じ目に遭いたいらしい」


 おおよそ想像は付いたけど、僕は一応聞いてみることにした。彼の表情から察するに、きっとそれを言いたいに違いないんだろうと思ったからさ。


「同じ目……それは一体どういうことですか?」


「今再びの上杉攻めよ。日の本中の大名が上杉討伐へ向かうのだ」


「あなたの号令でここにいる生徒たちが総掛かりで僕に酷い責め苦を与えると……そういうことですか、つまり?」


 バカバカしいーー僕はため息を付いてそう言葉を続けたよ。


 すると義利の気配がざわりと大きく波立ち、怒りに揺れるのがわかった。


「義利殿ってさあ……頭が良さそうに見えるのに、まさか大人の真似がしたいだけのくそがきなの? やることがなくて暇だから? それともそういうことが好きな、可哀想な感じの人間? 前者なら僕が持ってる本を貸してあげるけど……後者ならどうしようもないって感じ」


「なん、だと……」


「だって、忠長殿とおんなじこと言ってるんだもん。はああ……なんだかくたびれてきちゃった。同じ光景を見てるみたいで」


 僕は目を丸くしている義利に教えてあげた。


 僕が一番好きな論語の言葉ーー


《 子曰 德不孤 必有鄰 》


「これは論語の言葉ね。徳のある人間は決して孤立しないーー知らないの? 義利殿って僕より年上に見えるのに」


「知っているに決まってるだろ!」


「知ってるだけじゃ意味なんてないよ」

 

 ーーなんて、これは自分が育て親によく言われることだ。知識というのはただ詰め込むだけでは意味などないと、読書好きな直江山城守はよく言っている。だからあんなにいっぱい喋るんだよねえきっと。仕入れた知識を吐き出したいんだろう。


 ざわめく彼の気配は僕の反撃が想定外であることを物語っている。


「徳のある人間は決して孤立しないーーつまり、お前を孤立させてやるだなんて脅しにビビるのは、徳のない愚かな人間の証拠。だから、僕はぜーんぜん怖くなんてないです。むしろ、そういう脅しを得意げに使う人間こそ恥ずかしいと思うけどなあ……僕は。学も教養もないのを自ら宣言してるみたいで。ああ、ついでに言うけどーー」


 僕は義利を見つめて続けた。彼が言葉を挟む余地を与えないように。

 

「心に誤りなき時は人を畏れずーーこれはうちの家訓ね。僕は特にやましいことなんてしていないから、独りで皆さまから如何な責めを受けようとも別にぜーんぜん平気。たとえあなたが何人下僕を従えていても、ひとりで戦えます。ぼっちが怖くちゃ上杉の若さまなんてやってられないよ。何故なら、上杉ってのはつまりそういう家だから」


「……なるほど……ようくわかった」


 その言葉が決していい意味ではないことを、僕はもちろんわかっていたよ。

 でも言いたいことは言えたのでスッキリした。


 いや、まだだ。

 まだ、一番重要なことが残っている。

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