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109・千徳、西の御殿のぬしさまと争うこと 《壱》

 すると、しばらく部屋には不思議な空気が満ちた。

 彼の怒りの気配は一瞬のものだったよ。あっという間に鎮火して、それが種火のような暖かさになる。


「ーー件の化け物騒ぎだが」


 僕は頷いた。


 もしかしたら、この人はとても真面目な人なのかもしれないと思ったよ。一瞬すごく怒りの気配がしたけど、今はもうそれは落ち着いている。


 僕になにか言いたいことがあるから、今自分がカッとなるとそれの妨げになるだろうと思って感情を落ち着かせたに違いない。


 感情に流されないというのは簡単なようでいて結構難しいのだ。

 常に心がけていないとこうは出来ない。 

 僕も常に冷静であるようにいつも心がけているからわかる。

 人の上に立つ人間というのは簡単に動揺したり心の内が表情や態度に現れてようでは務まらないんだからさ。


 ーーもっとも、うちの軍神さまはめちゃくちゃ躁鬱激しい人だったらしいが、あの人は例外だから仕方ない。


「南の御殿の鍋島元茂が諸悪の根源という話を聞いた。だが、事件以来南の御殿には戻って来ず、何故か北の御殿に預かりとなっているらしい。西の御殿へ引き渡せ」


「え? 引き渡す?」


 早速びっくりするようなことを言われて僕は思わず彼に身を乗り出してしまった。彼は表情を変えずに口を開いたよ。


「そうだ。御殿の秩序を著しく乱した罪は重い」


「元茂殿がうちの寮にいるのはたぶん学寮の上役の方々の決定があってのことだろうと思うので、僕の一存でそちらへ《はいどうぞ》というわけにはいかないですけど……」


「そのようなことはお前の案ずるところではないし、それについてはこちらで上手くやっておく。お前は北の御殿に戻り、鍋島元茂をここへ連れてこい」


 それは強い口調だった。

 彼は僕がここへ来て初めて顔を合わせて以来少しも笑わない。雰囲気が硬く、冷たい印象を受ける。気配もぴりりとしていて張り詰めていたよ。厳しい人なのだと思った。同じ御殿の《ぬし》でも忠郷とは随分違う。


 しかしーー


「どうして僕にそんなことをさせるの? 元茂殿に会いたいならうちの寮の部屋にくればいいのに。連れてくるにしたって、別に他の人に頼めばいいじゃん」


 学寮という場所は大名家から出仕している人間であれば等しく将来の藩主に必要な素養を学ぶことが出来る場所であるはずなのだ。


 血統や家柄、実家の石高の多い少ないで生徒の優劣を付けることはここでは禁じられているし、それに準ずる行為も禁止とされている。


 だから、本来であれば徳川の血筋を引く人間ばかりが御殿の《ぬし》だなんて言ってこんな風にえばり散らしていること自体が学寮の規則に反しているのだ。

 だけど、それはそれ。

 御殿の円滑な運営のためにはそういう人達もいたほうがよいのだろうと思って、僕は自分を納得させてきた。 


 だけどーーせっかくそうした決まりがあるのに、必要以上にへりくだる必要もないかと思い、僕は言いたいことは言うことにしたよ。


 立場はわきまえるべきだし、彼の実家に配慮して丁寧な物言いを心がけてはいたけど、腑に落ちないことを無理やり心の中へ抑え込んで知らん顔が出来るほど僕は適当には生きていない。


「元茂殿は被害者だよ。真に裁かれるべきは鬼を生み出すあの闇の龍脈の石をこんなところへ持ち込んだ人間やそれを僕らにチラつかせた人間です。元茂殿はすごく落ち込んでいるし、反省しているからそれは考慮されるべきです。元茂殿は母上のためになればと思って、あれを受け取っただけなんだ」


「太閤殿下の弟が管理を任されていたという石のことか。どのような理由であれ、そんな危ない物を持っていること事態がおかしい。入手の経緯や共犯者の存在……吐かせるべきことは幾らでもある」


「吐かせるだなんて……そのことについてはもうちゃんと調べてる人がいるから大丈夫だよ。将軍さまのご家来がここへきて、ちゃんと調べているから……」


「お前は何もわかってない!」

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