105・フランシスコ再び!? 《弐》
すると、義真は不思議なことを僕に尋ねてきた。
「その、フランシスコっちゅうのはどういう子や? 背丈は? 顔はどんなんなん?」
「え? どんなって……」
僕が考えていると、孫平太が立ち上がった。
「背丈はね、僕よりも少し高いくらいだよ。髪の毛は肩くらいの長さで、目が少し細いんだ。いつも笑っているように見えるの」
「そうだな。それが……気に食わないと……ぬしさまからはいつも怒られてた」
「ふんふん、なるほどな。どんな色の、どんな着物を着とったんや?」
「着物って……僕が見た時は、藍色の羽織を着ていたよ。それで手首に数珠を巻いてるんだ」
「そうそう。ロザリオだ。クロスのついたやつ」
「そうだよ。それで、首の後ろに痣があるんだ」
「首に痣?」
「ーーあーあ、そうかそうか。ほな、ここへ呼んだるわ」
ほら、その庭へーー義真は全ての客間から見える中庭を指して言った。
「え?」
「なんや、三人も会いたいやろ?」
「そ、そんな馬鹿な……そんなこと出来るわけ……」
忠次郎の言葉に勘八郎も頷いた。しかし
「会いたい! 僕、会いたい!」
「ま、孫平太……」
「よっしゃ。人間、素直がいちばんやで。子供は特にな。ほんなら、しっかり目ぇ開いて庭を見とき。」
義真が孫平太に笑いかけると、不意に強い風に庭の木々が揺れた。
強い風は砂を巻き上げ木の枝を揺らし、まだ若い葉であるにも関わらずそれをはらはらと散らした。
火車が身体を起こして庭先へ飛び降りる。
「こんな日中に死んだ人間なんか現れるもんか!」
「でも……」
「あっ!」
僕は中庭の池に人影を見つけて声を上げた。蟹寮の三人も視線を庭へ向ける。
今日はとても天気がいい。空は青く、気温は高く、すっかり初夏の季節だ。
誰も彼もが思うだろうーーこんな天気のいい真っ昼間に、死んだ人間なんて現れるわけがないと。
「……だ。フランシスコだ……」
「フランシスコ!」
叫んだ勘八郎が立ち上がると、義真が声を掛けた。
「これ以上近付いたらあかんで。あの子はもう、今は遠いところにおるんや。ほら、どこかぼんやりしとるやろ?」
確かにそうだよ。あれは人ではないーー時折不思議と揺らめいて、まるで水に映る姿のようだもの。
藍色の羽織を着た男の子が僕らに背を向けて池を覗き込んでいる。髪の毛は肩くらいで、背丈はしゃがみこんでいるからよくわからないけれど。
だけどそれはフランシスコのようだった。
少なくとも、彼と共に毎日を過ごした同寮の三人からすれば。
「フランシスコ!」
忠次郎が叫ぶとそれは池から顔を上げて振り返った。そうしてこちらへ手を振っている。ロザリオを巻いた手で。
「フランシスコ……ごめんな。ごめん……」
忠次郎は大きくうずくまった。
「あれはフランシスコだよ! 絶対そうだ!」
勘八郎は孫平太の言葉に頷いた。そうして彼に声を掛けた。
「フランシスコ! お前の兄貴に会ってお前の代わりに伝えるよ。お前が懺悔をしたがってたこと……絶対に伝えるから!」
フランシスコはその言葉に強く頷くと霧散して消えた。
再び木々が揺れ、池の鯉がぱしゃりと跳ねると、辺りには再び静寂が戻る。
「……フランシスコ……」
すると長員が僕を手招きして立ち上がった。僕らは外廊下へ逃れて小声で話をする。
「……こういうことは感心せん。ようこんな酷いことが出来るもんや。幼気な子供を騙しよってからに……」
「騙すというか……そもそも、僕が見た本人とはちょっと顔が違う気がするよ……なんとなくだけど」
火車が僕の傍に駆け寄って来たので「ねえ?」と同意を求めると、火車も尾を振って頷いた。
「そらそうやろ。どうせさっき聞いた情報で適当に姿かたちを作っとんねん。フランシスコの兄貴の方は見たことあるんやろうからな」
「兄弟なら顔も似てるって?」
「……子供を騙すなんてのはちょろいもんやで。顔なんぞぼやかしてもこの状況なら背格好を似せるだけで、現れた幻を死んだフランシスコやと思うやろ」
義真はうちの一族の中では特に口が上手いと思うよ。
言葉巧みに人を欺くことに長けていると父上も言っていた。
義真をチラ見すると、彼も庭先を眺めながらうんうんと頷いている。
長員は《騙す》なんて言っているけど、義真にはそういう感覚はないんだと思う。
何せ、彼は一度も《フランシスコをここに呼ぶ》とは言っていないんだからね。