104・フランシスコ再び!? 《壱》
とにかく、と長員が言った。
「死んだ人間のことは俺にはわからん。わからぬゆえ、その文に目を通す必要がある」
「はあ? なんでお前がこれを読む必要があんねん」
義真の言葉に長員は彼を睨み付ける。
「お前の勤めは学寮で起きた事件の収拾やろ。とっとと鍋島元茂に事情聴取でもさせてもらわんかい。鍋島元茂が持っとった闇の龍脈の石ころの出処がフランシスコなら決まりやないか。全ての元凶は学寮に出入りしとった小西行長の兄貴や。そいつが闇の龍脈の石ころチラつかせて学寮の生徒らに豊臣の家へ内通を誘っとったんやんけ」
「いちいち喧しいわ! 事件の詳細を調べるんは五日後の上覧試合が終わってからと上役連中に言われとんねん!」
義真は乾いた笑い声を上げて言った。
「保護者共がぎょうさんやってくる前にお前に余計なことされたらたまらんもんなあ……よっぽど無能やと思われてんのやで、お前」
「やかましい言うとるやろ!」
「ちょおおおっと、もう! 何度言えばわかるのさ! 喧嘩はしないでよ二人とも!」
僕は畳の上に置かれた文を叩いて二人に言った。
「いい? フランシスコの文は蟹寮のみんなから特別に借りた物だから、誰にも内緒で二人だけで見てよ。いい? 二人で見るんだよ。二人一緒にじゃなきゃ見せない。一緒に見るの、いいね?」
「えええ……おま、ちょ……坊っちゃん、そらなんちゅう酷いことを……」
「ぜんぜん酷くなんてないじゃん。二人は違う任務でここにいて、お互いに違うことを調べているんでしょ? それなら二人で知ってる情報を交換したり、共有したりすれば今よりもっと仕事が捗るんじゃない? つまりそういうこと」
僕がそう言うと、義真も長員も黙ってしまったよ。鬱陶しげにお互いの顔を睨みつけている。
「フランシスコの兄上はいつ面会へ来るの?」
「四日後だ。上覧試合の日に合わせて来ると聞いた」
忠次郎が言った。
「上覧試合の日? そんな忙しい日にわざわざ面会なんて……」
「だからだと思うぞ。生徒の保護者達はみんな上覧試合を観覧に来る。だから客間が空いてるんだ」
勘八郎の言葉に義真が険しい表情をしていたよ。義真はどうもフランシスコの兄上を疑っている節がある。
「つまり……ロドリゲス司祭は澳門で大阪に味方しているということか。小西行長の兄貴が奴の文を持ってくるということは……そういうことだろう?」
長員の呟きは独り言のようにも聞こえたけれど、義真が続いて口を開いた。
「ロドリゲスは澳門への追放を嫌がっとった。日の本への帰参を願い出る文が澳門から大御所様に届いたこともあったはずや。それが叶えられへんとなれば徳川を恨んで、代わりに再びの豊臣の天下の世で大腕を振って日の本に戻る算段なのかもわからんな……」
「豊臣家はキリシタンどもにも声を掛けて、味方になるよう唆しとるっちゅう噂もあるし……」
「それ、義真も言ってたよ……」
僕が長員にそう言うと、義真が僕の顔を見つめて言った。
「ロドリゲスが澳門へ追放になった一番の原因は、あいつ個人が葡萄牙交易で利益を上げとったからっちゅう理由もある。葡萄牙の商人連中やイエズス会からも悪く言われるくらいの男やからよっぽど儲けとったんや。資金やおまけに葡萄牙の軍備まで大阪側に援助でもされたら……こらあ、えらいこっちゃで……」
「軍備の援助って……」
蟹寮の三人が顔を見合わせる。
「とにかく、三人とも? この文は中身を見させてもらうが……よいか? 無論、内容の公表は控えよう。今はとにかくフランシスコとロドリゲス司祭が文でどういうやり取りをしていたのかが知りたいのだ」
長員が蟹寮の三名にそう口にすると、義真も後に続いた。
「そう心配そうな顔せんでも大丈夫や。わしら謙信公の身内やさかい、義に悖ることはでけへんねん。弱い者には力を貸したれっちゅうんがお家の家風やさかい」
「家風って……得意げによく言うけど、義真はもう上杉の人間でもないんですけどね!」