103・千徳、従兄弟たちに状況を報告すること《七》
これは偶然なんだろうか?
フランシスコが闇の龍脈の欠片をあげた相手は、元茂だ。
鍋島の本家の長男。
僕が青い顔をしているのがわかったのだろう。忠次郎が声を掛けた。
「お、おい……大丈夫か?」
僕は一度だけ彼に頷いた。そうして従兄弟二人に視線をやって言う。
「僕が襲われたあの鬼……闇の龍脈から現れたんだけど、その闇の龍脈の欠片を持っていたのは、鍋島家から出仕している生徒なんだ」
「鍋島?」
「彼はフランシスコからそれを貰ったって言ってた。どういうものかよくはわからなかったけど、お守りにあげるって言われたって……」
「なるほどな……父親の死の元凶となった旧領の今の持ち主……恨む理由にしてはなくもないわな」
「じゃあ何か? フランシスコがわざと石を渡したとでも言うのか?」
「フランシスコはそんなことしないよ!」
孫平太が叫んだ。
「フランシスコは……僕と元茂兄ちゃんに言ったんだ。うちは昔、龍造寺家の家来で、有馬の家とは色々とあったけど……だけど、龍造寺との争いは龍造寺とのものだから、今の鍋島には関係ないって。親の恨み辛みは自分たちには関係ないって言ってたんだ。隣人は愛するべきだって……そう、言ってたもん」
「そうだ。キリシタンならそう言う。キリシタンってのはそういう考えなんだ。実家の恨みで鬼の出る石をわざと渡したりなんかしない!」
勘八郎も孫平太に続いたよ。僕は蟹寮のみんなに頷いて長員と義真に教えてあげた。
「ねえ、二人とも? 僕、自分の寮の部屋で死んだフランシスコ殿に会ったんだよ。彼は自分が死んだことは仕方のないことだったって言ってた。誰も恨んだり憎んだりしてなかったよ。そうして、僕らに気を付けるようにって言ってくれたんだ。学寮には、自分の願いを叶えることと引き換えに、徳川への裏切りを勧める人間がいるからーーって」
もしもフランシスコ殿が元茂に企みを持ってあの闇の龍脈の石を渡していたなら、僕らにそんな言葉を掛けるだろうか?
誰かを陥れようとしている人間が、僕らにそんな忠告をしてくれたりするだろうか?
「フランシスコ殿が豊臣への内通に絡んでいたり、元茂殿に何か企んであの石を渡したりしたのだとしたら……僕らにそんな言葉を掛けたりはしないんじゃないかな。それにあの時のフランシスコ殿の笑顔は、そんなことを考えている人間のものじゃあなかったと思うよ」
「表情だけで何を考えているかなんてことまではさすがにお前もわからんだろうに」
長員が顔を顰めて言うと、外廊下で日向ぼっこをしていた火車が身体を起こした。
「表情はともかく、言葉でなら幽霊が考えてることなんてのはすぐわかるよ。だって幽霊なんてのは現世に残った魂の残像だからね。ここへ留まりたいと願う人間の心がそれを現世に留め置いてしまう……つまり、幽霊ってのは嘘を付いたり気持ちを取り繕うほど頭なんか働かないんだ。生きてないんだから当然だろ。奴らは生前に強く心に抱いていた気持ちの延長線上でしか喋れないんだよ。言葉こそが奴らの気持ちなんだ」
「そうそう。だから恨みとか辛みを残して死ぬとそればっかりに囚われて怨霊になっちゃうんじゃないか。だからあの時のフランシスコ殿の言葉は、きっと心からのものだよ!」
フランシスコのあの僕らへの警告は彼の心からの心配だったのだ。
大事にしていた物が見つかった喜び、そのために骨を折った僕らへの感謝の気持ち、そしてあの警告ーー
彼が豊臣家からの内通者に加担していたとは思えない。
元茂殿に悪意を持っていたとは思えない。