102・千徳、従兄弟たちに状況を報告すること《陸》
「じゃあちょっと待ってて、呼んでくるから」
僕が火車に合図を送ると、火車は外廊下をぴょんぴょんと跳ねて行った。
「まったく……俺は暇ではないというのにいつまで待たされるというのだ……」
火車に先導されて僕らの客間へやってくるや、長員は
「げっ!」
と声を上げて動きを止めた。義真の姿が目に入ったからだろう。
「さあ、早く早く長員。今から重要なものを見せるんだから」
どうしてうちの従兄弟はこう仲が悪いのかーー長員と義真の間に流れるひどくギスギスした空気に僕は思わずため息を付いた。客間の広さの関係上、義真の隣に長員が座る形になるのもよろしくない。
「……なんでお前がここにおんねん。駿府におったんやないんか」
「坊っちゃんの顔を見に来たんやないか。お前、坊っちゃんにどうでもええ仕事手伝わすなや。上杉の跡取りやぞ」
「やかましいわ! 伯父上にはちゃんと許可をもろてるわい!」
「ちょっとちょっと……二人ともさあ、いい歳した大人なんだから喧嘩なんてしないでよ。いい? 今から重要な話をするんだってば!」
二人を黙らせるにはこれしかないーー僕は持っていたフランシスコの文の束を二人の目の前に置いた。
「なんだこれは」
「……長員には説明したでしょ。フランシスコには面会に来る人がいたって。その人がフランシスコにいつも文を渡していた、って。これは、その文だよ。蟹寮のみんながフランシスコから預かってほしいって頼まれていたんだ」
長員が蟹寮の三人を見た。
孫平太はまだ涙を拭っていたよ。それを慰めているのが忠次郎。勘八が長員を見つめて頷いた。
「……誰にも渡さないでと頼まれていたから……寮の部屋の天井裏に隠していたんだ」
「フランシスコは……本当に兄上に殺されたのか?」
忠次郎の問いに義真も長員も頷いた。
「そんな……兄のために、自分が懺悔をしたいとまで話をしていたのに」
「お前はその理由も知っとるか? その、懺悔っちゅうのはどういうことや。何やフランシスコの兄上は謝らなあかんことでもあるんか?」
「澳門へ追放されたロドリゲス司祭のことではないのか?」
長員の問いに対して、勘八が言った。
「この文は……その、ロドリゲス司祭からの文らしいよ。面会に来たベントーがフランシスコに持ってきたんだ」
「ロドリゲス司祭が今更有馬直純の弟に文を? わざわざ澳門から? 何のために……」
「俺たちは文の中身は見てないからわからない。ただ……」
忠次郎はひとつ呼吸を付いて言った。
「フランシスコは自分が代わりに懺悔したいと言っていた。兄に代わって自分が司祭さまに懺悔をするからと……」
「懺悔は神への罪の告白……司祭様へ正直に告白すればキリシタンはどんな罪でも許されるんだ。だから……わたしたち、フランシスコの兄上は何か悪いことをしたんだと思った。でも、それがどんな罪なのかはフランシスコも言わなかった」
「フランシスコは……兄上が好きだったのに……ひどいよ……殺すなんてひどいよ……」
孫平太の涙声が部屋に響いた。忠次郎と勘八が彼の背中を擦っている。
「自分が追放したロドリゲス司祭と通じていたから、弟を殺したのか? せやけど今更そんな……」
「有馬直純はほんまにロドリゲスの追放に絡んどったんか? それにしたって……それがほんまやったとしても、ほんなら下の弟や弟たちの母親まで殺す必要ないやないか。キリシタンやからついでに殺したんか?」
長員に尋ねられて義真が頷いた。
「直純の奴がロドリゲス司祭の追放に絡んどったんは間違いない。そのへんのことは調べがついとる。せやけど自分も元はキリシタンで司祭とは旧知の仲やったっちゅうのに、平気でそないなことが出来るなんてよっぽど冷淡か頭おかしいとしか思われへん。あいつは実の親父かて、大御所様に死罪にせえ言うたくらいやからな」
「ええ? 自分の父親を?」
僕が尋ねると、義真が言った。
「そうや。お前にも話したやろ? 有馬直純の父親は葡萄牙とやらかしてしもた。その後も揉め事起こしよってからに、結局死罪になってしもたんや。直純は父親の助命嘆願もせえへんかった。自分は大御所様の傍におるから安泰やとばかりに、親父の処刑を聞いても涼しい顔しとったっちゅう話や」
「あの葡萄牙の事件のせいで死罪になっちゃったの?」
「いや、有馬晴信にはその後も色々とあったんや。簡単に言うと……葡萄牙の一件の後、今は鍋島家の領土になっとる自分ちの旧領を取り戻そうとして有馬晴信の奴は小狡い人間に騙されてしもたんや」
鍋島家ーー僕は言葉を失ったよ。