99・千徳、従兄弟たちに状況を報告すること《参》
「それが……あの化け物騒ぎの真相か。お前が襲われたという鬼の正体……」
「そう」
僕はもう一度胸元に手を当てた。
フランシスコが受け取っていた文の束。蟹寮のみんなが僕を信じて託してくれたもの。
「ねえ……長員? 長員が知っていることも教えてよ」
「なんだと?」
「長員はこの間フランシスコの最期を教えてくれなかった。自害じゃないとしか教えてくれなかったでしょ。家の事情で死んだっていうのは聞いたけど……でも、蟹寮のみんなもフランシスコの最期を気にしてる。フランシスコが母上やや弟の待つぱらいそに行けたのかどうか……みんなそれが知りたいんだ」
長員はしばらく黙っていたけれど、観念したように一つ息を吐いた。
「……大人でも聞いてあまり気持ちのええものやない。せやから黙っとっただけや」
「フランシスコは本当に兄上に殺されたの?」
「そうだ。背後から脇差で胸を一突き。その後で首を跳ねられた。弟と母親も同じ脇差で一刀両断の後に首を切られている」
「兄上に、首を……」
「ああ。おまけにフランシスコに至っては跳ねた首を焼かれている。顔は辛うじて判別が付くが、首から顎に掛けては相当焦げてしまっていて、酷い有様だ」
「そんな……どうしてそんなことまで……」
僕は部屋に現れた穏やかなフランシスコの表情が脳裏を過ぎって涙が出そうになったよ。
「フランシスコ殿……兄上のために懺悔をしたいって言っていたって……話だったのに……」
「懺悔?」
「そうだよ。謝りたいんだって。キリシタンは謝ると罪が許されるんだって。蟹寮の生徒がそれもフランシスコ本人から聞いたって言ってたんだ。フランシスコが貰っていた文っていうのはベントーからのものじゃなくて、澳門に島流しにされた南蛮人の司祭さまからの文らしいよ。その人に兄上の代わりに懺悔したいって……そう話をしてたんだって」
「澳門に島流し……確か、そんな司祭がいたな……もしかすると、フランシスコの兄もその司祭の追放に絡んでいたのかもしれん」
「そう! そうだよ、確か義真もそんなこと言ってた! 有馬直純は司祭を澳門送りにした功労者だって……」
「澳門に島流しになったという司祭はおそらく、ロドリゲスのことだろう。大御所様の傍で働いていたこともあって、ずいぶん名の知れた南蛮人の司祭だったからな……よく覚えている。その司祭が澳門へ追放になった裏には、彼をそこまで追い詰めた陰謀があったのだ」
「陰謀……」
「ロドリゲスはそいつらに嵌められて追放になったのだ……まあ、そもそもキリシタンそのものが疎んじられておるのだから致し方ないことかもしれんがな」
「まさか……フランシスコが兄上の代わりに謝りたいっていうのは……」
長員は頷いて言ったよ。僕の想像した通りの言葉を。
「自分の兄がその追放の陰謀に加担していた故、謝りたいと……そういうことかもな。フランシスコの兄である有馬直純は大御所様の近習を勤めていて、信頼も厚い。元はキリシタンだったが、改宗したんだ。司祭を疎んじているとて不思議はない。追放しようという声があらば加担くらいはしそうなものだ。なにせ、キリシタンの弟二人、父の後妻を全員自らが手に掛けて殺めるような人間だからな。キリシタンの自分の嫁もずいぶん前に離縁している。離縁して大御所様の養女を嫁に貰ったのだ」
ああーーなんだか僕は気分が悪くなってきたよ。
代わりに謝りたいとまで思っていた兄上に殺されて、首を跳ねられその上焼かれるなんてフランシスコがあんまりだ。
こんな話を蟹寮のみんなにもしなければならないことがなお辛い。唯一の救いは、自害はしていなそうだから《ぱらいそ》には行けそうだけれども。
「ねえ、長員? どうしてフランシスコは顔まで焼かれちゃったの? どうしてそこまでするの? さすがに酷いじゃないか……」
「さあな……さすがに俺もそこまでは知らん。キリシタンの慣習か何かかもしれん。弥三郎の奴が有馬直純のことを調べにここへ来ておるのだろう? それについてはあちらに聞け」
弥三郎、というのは義真のことだよ。長員にとっては実の兄弟なのに、なんだろうこのギスギスした感じ。
本当に仲が悪いのだ、この二人は。