98・千徳、従兄弟たちに状況を報告すること《弐》
「それでさあ、僕、例のフランシスコの件を更に調査致しまして、色々と新事実が判明致しましたので早速ご報告申し上げます」
僕が得意げにそう言うと、長員が厳しい表情になる。
「断っておくが……喜平次? お前が学寮の中でどんなことを知り得たのかは知らんが、それはお前だけが認識出来るような内容では意味がない。それも当然考えておるだろうな?」
「ええと……どういうこと?」
「お前には妙な力がある。幽霊が見えたり人の気配を感じることが出来たり、化け物と喋ったり。しかし、お前にしかわからないことやお前にしか知り得ぬ情報では事件を解決するためにはなんの証拠にもならぬということだ。全ての物事は他者と共有が出来てこそ意味や価値がある」
僕は頷いた。
それはこの間長員と面会した時にも言われたことだったもの。
フランシスコの幽霊が学寮に豊臣家の内通者がいるって言っていましたーーなんて言ったところで、普通の人間にはとても信じては貰えないよね。何か目に見えて形に残っているような証拠がないと誰も信じてはくれないだろう。
だからこそ、蟹寮のみんなから貰ったあの文が役に立つ!
僕は胸元に手を当てて長員に言った。みんなが僕に託してくれたフランシスコの文を忍ばせてある。
「僕、蟹寮の生徒たちから話を聞いたんだ。これはちゃんとした証拠になるでしょ?」
「……死んだフランシスコと同寮の生徒か。それはよくやった。俺は話を聞けずにいたのだ。寮監督からもフランシスコが死んでから塞ぎ込んでいるからと言って断られてな」
長員は未だあまり学寮のみんなから話を聞けていないようだった。これは逆に好都合だよ。僕が聞いた情報がきっと役に立つに違いない。
「みんなが色々と教えてくれたんだよ。蟹の寮の生徒たちはみんなフランシスコには恩を感じてたんだ。自分たちの身内にもキリシタンだった人がいたらしくて、フランシスコのことは他人事じゃあなかったの。だからフランシスコが自害したんだって噂を流したみたい。キリシタンは自害をしないから、それが本当ならフランシスコはキリシタンじゃないってことになるでしょ?」
「……なるほどな」
そっけない長員の言葉に、僕は報告を続けたよ。今度はきっと長員も驚くやつを。
「それで……僕、豊臣の内通者って人の見当も付けたんだよ」
「はあ? なんやて!」
ほうらねーー僕は心の中で勝鬨をあげながら火車と顔を見合わせる。
「僕が調べたところによると、フランシスコには月に一度面会に来る人がいたんだ。フランシスコの母上だよ。でも客間係が言うには、実際に学寮へフランシスコの母上が来たことは一度もなくて、いつも母上の使いだっていう人間がフランシスコに文を届けに来てたんだって」
「まさか、その使いの人間が……」
「そう。ベントーっていうキリシタンの人らしいよ。でも面会の申請はフランシスコの母上の名前で出しているから学寮の証拠には残らないんだと思う。母上は体調が悪くて来られないって理由で、預かった文を届けに来るだけの人だから」
「そうか……わざわざ使いの人間の正体まであれやこれや調べたりせえへんのか、ここは……」
「長員、調べてみた方がいいよ。蟹寮のみんなが言ってた。ベントーはフランシスコの兄上のお嫁さんの父親なんだって。今はもう離縁されたらしいけど……小西行長っていう、関ケ原の後で処刑された西国の大名の兄上らしいんだ」
「こにし……」
長員は僕の顔を見つめていたよ。その表情が恐ろしくて、僕は掌をぎゅっと握り締めた。
「じゃあ、この間お前が言っとった……願いを叶えるのと引き換えに豊臣家に味方するように声をかけてる奴ってのは……そいつのことか」
「それはまだわかんない。でも、ベントーはフランシスコに不思議な石も渡してた。さざれ石みたいな細かい石。小さな石の欠片。それをフランシスコに貰ったって生徒が……」
「鬼を生み出したんだよ。それでこいつが襲われた。ついこの間のことさ。その石は闇の龍脈の結晶の欠片だよ」
火車がそう言うや、長員は客に出される白湯の器を倒した。
彼の手が震えているように見えて、僕はいよいよ自分が辿り着いてはならないところにまで到達してしまったことを知る。