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96・火車の閻魔帳

「な、なんなの……一体なにをしてるのよ」


「おいらはそもそも地獄の鬼で、死んだ罪人の亡骸を地獄へ持って帰るのが仕事だからね。だから、仕事をお休み中の今でも現世の人間の名簿リストは持ってるよ。そいつを見て持って帰る罪人の亡骸を探すんだから。ほらーー」


 火車の腹から飛び出したのは蛇腹折の経典のような代物だった。終わりなく頁が続く経典に見たこともない文字がびっしりと書いてあって、火車のお腹の袋から飛び出してまたその中へと消えてゆく。


「今はもう生きてない人間の情報データも書かれてるけどね。ええと……なんだっけ。そいつの兄貴? 今いる居場所を知りたいの?」


「うん、そう。それでさ、出来れば文を届けてあげて欲しいんだよ」


 総次郎は目を丸くして僕を見つめている。


「はーあー? まさかとは思うけど、おいらが届けるのお? ええー!? めんどくさー!!」


 火車は毛を逆立てているよ。でも僕はこいつの主人であるからこんなことにはめげない。


「だってさあ、火車なら空をびゅーんって駆けてあっと言う間じゃない? お願い! 総次郎の兄上が元気にしているか気になるもん。早く文を届けたいよね?」


 総次郎は我に返ったように何度も頷くと、火車の頭を撫でながら


「やれるか?」


 と尋ねた。


「そりゃあね……おいらは優秀な火車だから? そんなことは何ということもないけど……」


 言葉を濁す火車に総次郎は言葉を続けた。こんなに積極的な彼は珍しい。


「もちろん、タダでとは言わねえ。うちはそんな卑しい家じゃねえからな。成功したら褒美をやるよ。旨い南蛮菓子を持ってきてやる」


「なんばんがし? なんだいそれ」


「とびきりうまいイスパニアの菓子だ。ふわふわして甘い菓子だぞ」


「うわあ……甘いの? なにそれ食べてみたーい!」


 僕は絶対食べてみたいと思ったけれど、火車は尾を揺らしながら「ふうん」とそっけない。


「おいらは地獄の鬼だから人間の食い物には別に興味なんてないけど……お前みたいな奴に恩を売っておくのも悪くないかなあ」


「そうだろ? 考えるまでもねえことだ。俺はいずれ六十万石の仙台藩主になる人間だからな」


「ふうーん……言っておくけど、おいらたちみたいな鬼や化け物と交わした約束は反故には出来ないからねえ。軽々しい気持ちで適当なことは言わない方がいいよ」


「男に二言はねえ」


「じゃあさ、火車。その美味しいお菓子は僕にちょーだい」


「なんでお前に礼をやらなきゃなんねーんだよ!!」


 総次郎が布団を叩いて叫ぶ。忠郷は呆れたように首を振って立ち上がった。


「さあ、もう少し訓練するわよ!」


「まだ続けるのですか? 夜も更けてきたのに……」


「やるわよ! 決まっているでしょ。試合まであと五日しかないんだから」


 忠郷の背中を見つめていたら、僕はいつの間にかいつもの孤独な不安が嘘のように消えていることに気が付いたよ。


 僕は上杉では一人ぼっちの若さまだけど、忠郷だって一人ぼっちで必死に頑張る若殿さまだし、総次郎だってきっと一人で兄上のことを気にかけて何とかしようと悩んでいる。


 僕らはみんな一人ぼっちなのかもしれないよ。

 一人で色々な不安や悩みを抱えて生きている。

 だからこそ、僕らはきっとひとりじゃあない。


 だって、そんな人間は僕だけじゃあなかったんだものーーそう感じたら、僕はいてもたってもいられなくなって忠郷と元茂に声を掛けた。


「ねえ、僕もまぜて。僕も練習する!」


「ええ?」


「僕だって絶対試合に勝ちたいもん。一人でやるより、みんなで練習すれば色んなことが気付けるかもしれないじゃない? さっき元茂殿が忠郷に色々教えてくれたみたいにさ」


 隣の部屋へ駆け込んで自分の袋竹刀を手に庭へ出る。そんな僕の姿を一瞥した火車は、大きなあくびをして総次郎の頭の上にぴょんと飛び乗った。


「ほうら、お前は兄上の行方を知りたいんだろ? なんて名前? 生まれはいつ? 言っておくけどね、閻魔帳からたった一人の人間の名前を探すなんてのはめちゃ骨が折れるんだぞ。現世に人間が何人いると思ってんだい」


 火車はお腹の袋から取り出した経典に目を通している。

 庭から振り返った僕が目にしたのは久しぶりに閻魔帳を眺める、やる気満々の火車の姿だったよ。

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