93・烙印持ちのこと《弐》
「あたしだって、会津を任された時に痣を授かったわ。おじいさまが征夷大将軍を任じられた時に頂いた、光の龍脈の印よ!」
どうだと忠郷は着物の袖をまくってみせた。彼の二の腕の外側に濃い痣があることは僕も総次郎も知っているよ。
「江戸の街やお城は光の龍脈の結界で守られていると伺いました。だから安全であると」
「そうよ! 大阪の豊臣家なんて目じゃないわ。今にあたしだって会津の領国に守りの結界を敷いて、外からの攻撃に備えるんだから」
忠郷が僕らを指して言う。別に上杉も伊達も今更蒲生の領国を攻める予定なんてないけれども。
土地神に認められると、龍脈の力が主人から家臣へと分け与えられることが出来るらしい。だから陪臣であっても龍脈の術を使える人間はいるし、そういう人間にも痣が出来る。龍脈の力が分け与えられた印だ。
事実、うちの直江山城守は以前うちが管理していた龍脈のひとつーー影の龍脈の力で自分の影法師を操る術が得意だよ。源泉を失った今でも時折術を使っている。
だけど、烙印持ちの人間には生まれつき痣があるらしい。土地神に認められて痣を授かった人間を親に持つと、稀に生まれながらに龍脈の痣を貰えることがあるんだって。親から子へと力が受け継がれた印。
この、生まれつきの龍脈の痣のことを《烙印》というから、彼等は烙印持ちと呼ばれるんだ。
「総次郎もそうじゃない? 総次郎って烙印持ちだよね?」
僕がそう言うと、総次郎は跳ね起きた。
どうして知っているーーと、強張った表情が物語っている。
「お前……痣を見たのか」
「そんなの見てないよ。でも僕わかるんだもん。烙印持ちの人って気配がぜんぜん違うから。烙印持ちだと龍脈の力を沢山使えるんだって父上が言ってた。たぶん勝丸も烙印持ちだと思うよ」
「はあ? あいつも? うそお!」
忠郷が叫んだ。
「うん。勝丸って龍脈の気配が強いから絶対そうだと思うんだよなあ。謙信公も烙印持ちだったんだって。おまけに修行とかもしていたから、いろんな龍脈の痣を幾つも授かっても全然大丈夫だったらしいよ。だから関東管領なんて職も任されたし、上杉の当主だって譲られたくらいなんだからさ」
「幾つも……ですか?」
「そう。まずは雪を調整する氷晶の龍脈ね。謙信公はこの龍脈の烙印持ちだったの。越後はうんと雪が降るからこの龍脈はすごく大事! あとは深い渓谷の底にある影の龍脈、雷の龍脈に……あと、上野にあるっていう風の龍脈とかも源泉の管理を任されたって言ってたよ。修行もしてたから、いろんな龍脈の術が使えたんだ。戦には使わなかったんだけどね」
「へええ……やっぱりすごいのねえ、あんたの大叔父。さすがに《軍神》なんて呼ばれるだけのことはあるわあ」
「謙信公は信心が深くてさ、一人で勝手に高野山へ行ったり、いつも護摩行や修行ばっかりしてたって父上が言ってた。戦の時なんて、最前線に一人で飛び出して行っちゃっても鉄砲の弾がぜんぜん当たらないんだって。そういうのちっとも怖くない人なんだって。嘘みたいでしょ? そんなことみんなだったら出来る? 普通出来ないじゃん、そんなこと」
でもーー僕はそういう人にならねばならないのだ。
上杉の家の当主になるというのはそういうことだから。
それを思うと僕は途端に不安になるよ。
だってそんなの自分に出来るだろうか? 烙印持ちでもない僕なんかに。
「謙信公は本当にすごい人だったの。みんな……今でも謙信公が心の支えなんだ。米沢のうちの家臣たちはみんな謙信公の霊廟に手を合わせるって言うよ。江戸の屋敷の人間は米沢の方へ毎日手を合わせてる……僕もやるけど。本当に神様みたいな人なんだ、謙信公は」
みんなの意識が自分に向いているのを感じるよ。みんな僕の言葉を聞いている。
「……だからその後を継いで当主になった父上なんて、どんなに大変だったかと思うよ。父上は謙信公の本当の息子じゃないし、謙信公みたいに烙印持ちでもなかったから……すごく苦労をしたんだって。今でもしてると思うよ。だって、何をどうやったって謙信公と同じものになんてなれっこないけど嫌でも比べられるじゃない。成れもしないものと自分とをさ」
「千徳……」
「僕だって謙信公みたいな当主になんて……なれやしないと思うよ。僕も烙印持ちじゃあないし、鉄砲の前に飛び出すなんてやっぱり怖いもん。だけど、うちのみんなは謙信公みたいな人が当主であったらやっぱり嬉しいんだよ。安心なんだよ。それならそういうものを目指さなきゃならないじゃないか?」
こういう凹んだ時、僕は兄弟がいたらなあって思うよ。
兄弟がいたら一人で鬱々とこんなことを考えることもないんじゃないかって。
「僕だってさあ……今に父上みたいなしかめっ面ばっかりしてる大人になるかもしんないよなあ……はああ」
僕は布団の上に突っ伏した。嫌なことって考え始めると後から後から出てきて終わりがない。