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91・僕はみんながうらやましい

 忠郷は剣術の授業で僕らも使っている木刀や袋竹刀を外廊下の下に置いていたよ。

 それがまるで隠しているみたいだったから、僕は彼がこっそり夜中ーー僕らが寝静まった後に剣術の稽古をしようとしていたのだと気が付いた。


 もっと堂々と稽古をしたらいいのに。

 ただでさえ今学寮は上覧試合前で誰も彼もが剣術の稽古に勤しんでいるんだからさ!


 忠郷が庭で素振りを始めると、すぐに元茂は首を傾げて声を掛けた。


「ううん……まず、姿勢が少し違う気がする。竹刀の握り方はこうです……両方の手がくっつきすぎているので、少し離して……」


 その様子を布団に寝そべりながら眺めていた総次郎が言った。


「……ほうら見ろ。今更素振りの姿勢やら竹刀の握り方を直されてんだぜ。あいつに勝ち目なんかあるもんか」


「だからさあ……勝ち負けはともかく、忠郷は稽古をしようって気になったんだし、試合にも出るつもりでいるんだから邪魔するようなこと言わないでよ」


 すると総次郎は僕に思いもかけないことを尋ねてきたよ。彼に視線を向けると、何か神妙な面持ちで素振りを教えてもらっている忠郷を見つめていた。


「あのお前の従兄弟……どうして上杉の家を出奔したんだ」


「ええ? 従兄弟って……どっちのこと?」


「客間で会っただろ。お前の親父の養子になってたのに、お前が生まれる前に上杉の家を出て行ったって……」


 ああ、それは義真の方か。畠山義真はたけやまよしざねーー今は駿府で家康さまの傍で働いているという徳川の旗本。


「本人が言うには、自分には上杉の当主なんて無理だからって。思うに、長員も義真も守銭奴で損得が大事な人間だから、うちの方針とは反りが合わないんだと思うんだよね」


「それで跡取りの座を放り出して出奔か? 嘘くせえ話だ……大方、お前が生まれたもんであいつは用済みになったんだ」


「だーかーら、義真がうちを出て行ったのは僕が生まれるより全然前のことだよ。あの関が原の戦が起きるよりも前で、戦が起きるって時には当然うちの従兄弟達は二人共大御所様の味方をしていたって話だもん。義真が用済みになったというより、義真がうちを見限ったんですけど」


 総次郎はわりと賢い人間なのでここまで言えば理解出来ないはずもないと思うのだけれど、今日は何故か食い下がった。


「わけがわからねえ。跡取りもいねえのに自分がそれを放り出したりしたら、家はどうなる? 後を継ぐ人間がいなくなるじゃねえか」


「うーん……まあね、そうだよね。普通はね。でもさ、ほら……うちの父上はみんなの父上とは違って、血筋で生まれながらにそうなったわけじゃなくて、上杉の当主になりたくて跡目争いに勝ってそうなったような人だから、当主なんてやりたくないって人間にはやらせないんだよ。僕だって上杉の後を継ぎたいって自分から言ったからその候補にはしてもらっているけど、油断大敵! 父上ってめちゃくちゃ厳しいから、僕に素養がないと思えば自分の後は継がせないなんて言うもん」


 僕は七つの時に将軍さまに挨拶をして上杉家の跡取りにと認めて貰えた。

 その時に貰ったのがこの《千徳》という名前だよ。だからこの名前はうんと気に入っている僕の自慢のひとつだ。


 しかしそれに至るまでには父上にもそうと認めて貰えなければならず、僕は語るも辛く大変な修行に取り組んでいたわけで……おまけに今でもそれが続いている。

 立派な上杉家の当主になれるようにと、目下修行の真っ最中というわけだ。

 僕がろくでもない人間で、到底家を継がせるには能わないとなれば……上杉の家は一体どうなるんだろう? 

 

 うちには若様なんて僕しかいないわけで、そうなると父上の後を継げる人間なんて見当たらないから……考えるだに恐ろしい。


 父上はクソ真面目でめちゃ頑固な人間だから、妥協なんて絶対しないと思うしさ!

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