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90・蒲生忠郷、深夜の自主稽古をしようとする《弍》

 僕はいまいち忠郷が言っていることの意味がわからなくて再度尋ねたよ。


「ええ? でも勝ち負けなんて時の運なんだからさあ、絶対負けないと思ってたって負けることはあるし、そんなの本当に忠郷が負けるかどうかなんてわかんないじゃん。だから戦も面白いんでしょ。父上やみんなが言ってたよ」


「はあ? 戦なんてぜんっぜん面白くないじゃない! 戦に負ければ死ぬのよ? 戦で負けるってそういうことだわ。あんた、わかってるの? 勝ち負けってのはそういうものなのよ?」


 わかってるよ、と僕は言った。


「でも、勝ち負けよりも大事なものだってあるでしょ。そういうもののために僕らは戦うんだから」


「そういうもの?」


 総次郎が寝そべったまま尋ねた。彼もよくわかっていないらしいーー僕は身体を起こした。


「勝ち負けなんてただの結果だよ。そんなことより、どうして戦うのかって理由の方が大事でしょ。戦だってそうじゃん。何のために戦うのか、どうして戦をするのかってことが大事だよ。命懸けで戦うんだから、それがいちばん大事なことでしょ。だって、どうでもいい理由のために命なんて懸けられないじゃん。だから、試合に勝つか負けるかなんてことより、忠郷が母上に止められても上覧試合に出たいって……その理由とか、気持ちの方が大事だと……僕は思うけどなあ」


 隣の布団に横たわっていた元茂が呆然と僕を見つめているのがわかって、僕も彼に目をやった。僕はそんなに不思議なことを言っているんだろうか?


「僕はいつもそう言われているけど」


「……なるほどな。まあ……偽善者面した上杉らしい教義だぜ」


 間違っても褒められてはいないと思うーーだけど僕は腹を立てたりなんてしないのさ。所詮他所の人間は他所の人間で考え方が違うのだ。


「戦いに理由もクソもあるもんか。勝負なんて勝ちゃあいいんだ。例え誰に反対されていても、どれだけ個人の力量に差があったとしても、上覧試合は団体戦なんだから、三人試合に出て二勝すりゃあいい。簡単なことだぜ」


「そうね。だけど、そのためにはあんた達二人は絶対に負けは許されないのよ。わかってる? 夜にこっそり自主練しているあたしのことを鼻で笑っておいて、二人共藤寮の奴らに負けたりしたら許さないわよ! それそそこの……学寮最強の剣士があたしたちの相手なんだから!」


 忠郷が元茂を指す。

 その時だ! 僕は素晴らしい名案が浮かんで、思わず跳ね起きて立ち上がった。


「ねえねえ、じゃあさ! 元茂殿に教えてもらおうよ!」


「はあ?」


「だからさ? 師範殿が教えてくれないなら、元茂殿に稽古付けて貰えばいいじゃん、剣術! だって元茂殿は柳生の師範殿の弟子なんでしょ?」


「ばっ……バカかお前! そいつは俺達の試合の対戦相手じゃねえか! 俺たちが戦う相手なんだぞ? 自分が戦う相手に指南してやる馬鹿がどこにいるんだよ!」


「そうよそうよ。馬鹿じゃないの、あんた?」


「えええ~……そうかなあ。ちょう名案だと思ったのに……ねえ、元茂殿?」


 すると元茂殿も身体を起こして言った。姿勢を正すと僕よりずいぶん上背が高いのだとわかる。これだけでもう試合をする相手としたら不利になるだろう。


「自分は構いませんよ」


「はあ? あんた、何言ってんの?」


「鶴の寮の皆さんには世話になっていますから、それで御恩を返せるなら易いことです。それに、他者の指南をするというのは自らの鍛錬にも繋がりますので」


「はああ……そうなの」


 僕は関心してため息も出てこなかった。自らの修練にもなる、だって! さすが、剣の道を目指す者は言うことが違う。


「でも、そんなことがあの黒田忠長にバレたら大変なことになるわよ、あんた。あいつは絶対うちの寮になんか負けたくないはずだし、第一、負ける想定なんかしていないでしょうからね」


「ええ……そう思います。ぬしさまは絶対に北の御殿には負けないと息巻いていましたから。矜持の高いお人ゆえ、負けられぬ事情も在るのだろうと思います」


 元茂が僕をじっと見つめている。


「……ですが、自分も自らの気持ちの方を優先させようと思います。大事なことは戦う理由であって、自らの気持ちであると……そう教えていただきましたから」


 その時、僕は初めて彼が僕に笑っているところを見た気がしたよ! その顔はいつか見た市のそれと本当によく似ていると思った。


 彼女は元気にしているだろうか? 猫又の呪いは大丈夫かな。


 まだ最後に会ってからほんの数日なのに、僕はなんだか無性に彼女に会いたい気持ちになったよ。

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