酒とナッツと情報戦
主人公だからしょうがないね第五十九話
娼館が並ぶ通りは、立ち飲み屋の屋台がいくつも並んだ、ちょっとした歓楽街になっている。屋台から屋台へ異国風の行灯が連なって垂れ下がり、暖色のネオンのように人々を照らしている。
衛星写真があったらここだけ明るく映るのだろう。
「でぇ? どういうことか説明してもらおうか」
火サスみてぇなイベントのあと、ボクとモッドさんは屋台でナッツをつまんでいた。
「安い酒だな」
「おいっ!」
「わーったわーった。とりあえず一杯飲ませろ」
この人はまだ飲み足りないのか。
「モッドさんのおごりね。おじさん! ボクにも一杯。一番高いやつ!」
それから二人でマグカップを一気に空にした。ボクはひと仕事終えた権利で、モッドさんはいつもの調子で。
「かーっ! 薄い!」
「おごらせといて文句言うんじゃねぇよ」
まぁ酒の質などどうでも良いトピックなのだ。
「俺だって遊んで歩いているわけじゃねぇ。あちこち動いてんのはクゾの野郎に頼まれた仕事だが、それにしたっていろんな話が集まるもんだ……オヤジ、もう一杯くんない」
マグカップに注がれる安ワインを眺めながら、モッドさんが続ける。
「見なよ、この賑わいを。どいつもこいつもおしゃべりだらけさ。この街には“自分だけが知ってる秘密”を誰かに話したくてウズウズしてるやつがごまんといるんだよ」
そう言ってモッドさんが唇を歪めて笑う。
人相が悪い。
「たとえば?」
「紫水晶の薔薇宮の金庫番は、たんまり金を溜め込んでいて、そいつはどうも良くない金らしい。ってな」
「ド直球じゃねぇか! もっと先に教えてよそういうの!」
「どちょ? なんだそりゃ」
「問題の核心!」
それがわかっていれば、もう少しスムーズに事を進められた、というかムダにビビらずにすんだのだ。
「バカ言えおめぇ、そもそも俺にゃ関係のねぇ話だぜ。おめぇ俺がおしゃべりに見えるか?」
「そうだけどさぁ」
「だいたいな、こんな話を誰に言うんだよ。銭も出ねぇのに面倒に巻き込まれるのはゴメンだ。右から左へ、そんな話のひとつだったんだよ。聞いたのがひと月早けりゃ俺だって忘れてたぜ」
そう言ってモッドさんが無精髭をなでる。
「それをなんで思い出したの?」
「ただの金庫番がどうやって“良くねぇ金”を溜め込むのよ」
「そりゃお店のお金を上手いことやって……」
「死んだ二人……マルコとガッシュだったか。ただのチンピラはどうやって上前ハネてたよ」
「エリカのお給料を取ってた」
「エリカの稼ぎは誰が管理してたんだ?」
「だからシャロンさんが……なるほど」
モッドさんがマグカップをボクの胸に突きつけた。
「エリカの勤め先を聞いたときに、俺ゃピンときたね。はーん、そういうことか。ってな」
なんか探偵みたいだな。
ちょっとかっこいいじゃん――
「とでも言うと思ったか!」
「なんだよ」
「それを事前に教えろって言ってんの!」
「言う前にボニーと行っちまったじゃねぇか。まぁおかげで身軽になったがよ」
「キンタマ二個分?」
「マヌケなエルフひとり分だよ」
「それはモッドさんがボニーさんのオッパイ鷲掴みにしたせいじゃんか」
うらやまけしからん。
「知らねえよ、いいじゃねぇか丸く収まったんだから」
「そうだけどさぁ……」
確かに丸くは収まったが、まだ何か納得がいかない。
「もしもモッドさんの推理が見当違いだったり、証拠が出てこなかったりしたらどうするつもりだったの?」
ボクがそう聞くと、モッドさんは片眉を引き上げて不思議そうな顔をした。
「あ? それがなんか問題あんのか?」
だめだこの人、端から噂ひとつ持って脅す気だったんだ。
「え、こわ……そんなのにボクを付き合わせたの?」
「バカ野郎おめぇ、泣き落としでもなんでもやりようはあるだろうが」
そう、納得行かないのはそこなのだ。
「でもね、今回ボク本当に何もしてないんだよ」
「えらく気に入られてたじゃねぇか、人タラシがよぉ」
「え。ボク、人タラシなの?」
モッドさんが、今度は両眉を引き上げて呆れたような顔をした
「いるんだよなー、こういうやつ。おめぇ自覚持って立ち回らなきゃ世の中渡って行けねぇぜ? ミューズを見習え」
「ミューズはわかるよ。かわいいし頭いいし、それに、なんというか……」
「無害そうだしな」
手足がなく、目も見えない女の子に、憐憫以上のネガティブな感情を覚える人は少ないだろう。
「でも、それだけじゃ無ぇよ。おめぇならわかるだろマリー」
ミューズには天性の人懐こさがある、それにくわえ、驚くべきことに、あの小さな見た目に似合わぬ包容力も持ち合わせている。
「それは、ボクが美人だから? オッパイ大きいから? エルフだから?」
「まぁ乳はともかく。器量だとかエルフだとか、そういうこともないわけじゃないぜ?
でもよ、そうじゃなくて、そうだなぁ……」
モッドさんが腕を組んで目を閉じた。
何を思い浮かべているんだろう。
「俺にゃたいした学がねぇから上手く言えねぇんだが……話してみたくなるんだよ、おめぇには」
うーんとひとつ唸って、やがて納得したようにモッドさんが目を開く。
「おめぇなら聞いてくれそうな気がする。そんな感じだ。うん」
「油断?」
「警戒しねぇって意味ならそうかもな」
この話は終わりだ、とでも言うように、モッドさんがマグカップをグッと煽った。
「アイリーンさんって、どんなひとなの?」
ナッツをつまみながら聞く。
「ありゃウナギだ。掴みどころがねぇ」
「ウナギ……もう少し可愛げがあったけど。いつもあんな感じなの?」
「どう思う?」
ずっと演技をしていて、意図的に場を動かせる人。
「頭がいい人、かな」
「女だてらに大娼館の主人やってんだ、そうでなきゃ困るだろうよ」
「うん……でもなんとなく、本当はもっと優しくて純粋な人なんじゃないかな? って」
「ずいぶん買うじゃねぇか」
「買うとかそういうんじゃないけど。一瞬だけ、イタズラがバレて喜ぶ子供みたいな顔したんだ」
「ふーん……ならやっぱり気に入られたんだろうぜ」
どっと笑い声が聞こえた。隣で飲んでるグループが、笑いながら互いに肩を叩きあっている。
遠くで誰かが大声でうたっている。
酔っ払いたちの、酔っ払うための時間が流れていく。
「モッドさん、アイリーンさんと口裏合わせてたりする?」
「しねーよ。なんだ急に」
「だってね、トントン拍子で話が進むんだ。アイリーンさんがこっちの事情知ってるとしか思えないよ」
「思うも何もそうだろうさ。俺が知ってて、あのウナギ女が知らねぇわけがねぇ」
海千山千の彼女には、彼女の情報網があるのだろう。それはわかる。
「エリカのことも、おめぇのことも。身内のイタズラのことも全部お見通しだろうさ」
「えっと待って、裏帳簿のことも?」
「だろうよ」
モッドさんがサラリと言う。
違和感の正体がわかった。ボクは踊らされていたのだ。
「でもでもだって、それならもっと早くなんとかするでしょ。だってバレたらお店も大変になっちゃうよ」
「お人好しだなぁおめぇはまったく」
モッドさんがちょっと長めのため息をつく。
なんだよバカにしてんのか。
「娼婦だって犬より少し賢いんだ、ご褒美だけでついてくるわけじゃねぇ。男と女の躾け方は違うんだよ」
「……なんか言い方が嫌だよ」
「わりいな、学がねぇんだ。女が女を従えるのに何が必要だと思う?」
なんだろう、暴力的じゃないのはわかる。
「安心とか」
「おう。だったらできねぇだろ、身内をお上に差し出すなんて」
「それは……人それぞれに後ろめたさがあるってこと?」
「ねぇ人間なんているのか?」
いないと思う。ボクもあるし。
もっと言えば、街の法、店の法、女達の法。自分の後ろめたさがどの法を犯すのか、正確に把握している者も少ないのではないか。
「身内は売れねぇ、店は潰せねぇ、客を巻き込めねぇ、面子だってある。そこに問題のほうが自分からのこのこやってきたんだ。それも一番目立つ奴がよ」
「ボク?」
「ああ、絵になるぜ。面倒ごとは派手な噂に変えちまえばいい。下賤まがいの地味な女より、哀れな少女のために娼館へ乗り込んだ見目麗しいエルフのほうが、噂のしがいがあるってもんよ」
モッドさんが講談師のごとく言い切った。
まったくボクは道化ではなかろうか。
「渡りに船だ乗っかるだろうさ。ウナギ女にしてみりゃ、そんなのがみんな丸く収まった上に代わりの金庫番まで見つかったんだ。金の詰まった袋ひとつふたつくれてやっても安いだろうよ」
さっきアイリーンさんを優しいって言ったのナシ。大人の世界怖すぎる。
「ボク巻き込まれてない? エリカ大丈夫?」
「素人騙してたらそのへんのチンピラと同じだろうが。貸し借りの話だ、違えたら面子が立たねぇ……心配しなくてもそのうち、この街にごまんとある噂のひとつになる」
それでおしまい。どんとはらい。
事実がなくなったわけではないが、公にして得をする人間は誰もいなくなった。
これで世界はなお回る。
「マリーさーん!」
「おわっ、びっくりした!」
世界の複雑さに感嘆していたら、ボニーさんが抱きついてきた。
今日はよく美女に抱きつかれる日だ。
「辛いよー。無愛想な娘だったけどさ、同じ釜の飯を食った仲間なんだよー。見送るのは心にくるよねー!」
「ボニーさん、お仕事はもういいんですか?」
いつの間にか髪をほどいて幾分ラフな格好になったボニーさんは、したたか酔っているようだった。
「シラフじゃやってらんないよー」
「あの、シャロンさんは、これから……」
「さーねー、田舎に帰るって言ってたけど。はーしんどい、おじさんアタイにもひとつおくれ」
サバサバに見えるボニーさんも、身内に裏切られるのはショックだったようだ。
まぁ飲みたくもなるだろう。
「オラ、モッド! 金出せオラ!」
「いって、殴るんじゃないよ、なんで俺がおめぇの酒代払うんだよ」
そりゃ酒代じゃ足りないぐらい借りがあるからだろう。
「モッドさんに面子はないの?」
「あん? なんだよ」
「ボニーさんに借りがあるから」
「マリーさん、そりゃ違うよ。コイツの面は元々潰れてるし、アタシは貸した覚えなんかひとつもないんだ。この! ろくでなし!」
「いってぇな、だから殴るんじゃねえよ。わかったよ、出すよ出せばいいんだろ」
唇を尖らせたモッドさんが、しぶしぶ懐を漁っている。
「シャロンさんは、なんでお金を貯めてたんだろう……」
ポツリという。
故郷に病気のお母さんがいるとか、なにか事情があったら、同情するし、罪悪感を感じてしまう。
「おいマリー、またぞろ余計なこと考えてんじゃねぇだろうな。あのなぁ、金を溜め込む理由なんて、それが金だって理由しかねぇんだよ」
「アタシもあの娘が金に困ってたって話はきかないねぇ……真面目な子だったんだけどねぇ。辛いねぇ」
魔が差したと言うやつか。お金で人は変わってしまうのだ。恐ろしいことだ。
「あ。ボニーさん。エリカが――ボクの弟子が薔薇宮の会計をやるかもしれません。その時はよろしくお願いします」
「なんだい面白いことになったね。いいよ任せときな、このボニー姉さんがしっかり面倒見てやるから」
ボニーさんが胸を張って受けあってくれた。いい人だ。
――不意に、袖を引っ張られた。
自分の座高の高さのせいで、相手が小さな、ちょうどジュジュと同じくらいの年齢の男の子だと気づくのに少しの時間を要した。
「どうしたの?」
男の子がボクをじっと見上げて唇をクニクニと動かす。話せないわけではなかろう。おそらく必死に語彙を集めているのだ。
「マリー。構うんじゃねぇ。坊主、向こうへいきな」
モッドさんが心無いことを言うが、わからなくはない。スラムの隣なのだ、子供が無心に来ることもあるだろう。
ボクにはそれこそ放っておけないのだが。
「お名前は?」
「ラリー!」
ラリー少年が大きな声で返事した。
かわいい子だ。
もう一度同じことを聞く。
「どうしたの?」
「ママがびょうきなの」
「うん、わかった。お家に連れて行ってくれる?」
ラリーが力強く頷く。
「おいマリー、野良犬に餌くれてやるような真似はよせ」
モッドさんが強めの忠告をくれた。
「ごめんモッドさん。これはボクのわがままなんだ」
ラリーに手を引かれながら言い訳をする。
「……バカ野郎が。おやじ! 勘定だ! 釣りはいらねぇ!」
後ろにモッドさんのイラついた声を聞きながらスラムへと足を踏み入れた。
明かりのないスラムは、歓楽街のほの灯りすら眩しく思えるほどだった。
暗闇から人か野良犬かわからない気配がする。それらがじっと息を潜めて、夜の闇に見つからないように隠れている。
ラリーの家はすぐそこだった。戸板は剥がれ窓もない。かろうじて壁と屋根があるが、それもあちこち穴が空いていた。
「入ってもいいかな」
ラリー少年の許可を得て家に入る。
唖然とした。狭い。これが人の住むところなのか。
女性がひとり横たわっている。彼女がラリーの母親だろう。
ああ、ここは穴なのだ。体を横たえるために、都市に開けた穴だ。
下に敷いてあるのは戸口にあったはずの戸板ではないか。そうでもしないとむき出しの土に体温を奪われるのだ。
吐瀉物と排泄物の溜まった小さな桶には蓋すらついていない。それから、あとはもう、なにもない。明かりはおろか、食器も毛布も、靴の一足も無い。
いったい彼らはどうやって暮らしているのか想像もつかない。
母親が激しく咳き込みながらモゾモゾと起き上がった。
「ラリー。入ってきちゃいけないと言っただろう。外に出てな坊や」
「ママ」
「表に出るんだよ坊や……」
力なく母親が言う。自分の病気がラリーに移らないようにしているらしい。
母親と目が合った。ラリーひとりだと思い込んでいたのだろう。驚きと警戒の目だ。
「こんにちは、お母さん。体調はどんな感じですか?」
挨拶もそこそこに母親に近づき額に手を当てる。燃えるように熱い。
ガマ口から体温計を出す。
「これ咥えて」
「あんた、医者?」
「違うけど、どうにかできる」
「金なんかないよ」
「いらないよ。これ咥えて」
警戒してはいるが抵抗するだけの体力がない母親は、ボクの目をじっと見たまま、小さく口を開けた。
汚物の入った桶を引き寄せる。内容物を見るに、おそらく脱水状態だろう。
「モッドさん、これ捨ててきて」
後ろから覗き込んでいたモッドさんの方に桶を押しやる。
「お、俺が? いや捨てろったって」
モゴモゴしているモッドさんの後ろから、ボニーさんが現れた。
ついてきたらしい。
「あーあー使えない男だねまったく。ほら貸せ!」
そう言ってボニーさんが、なんかビビってるモッドさんから桶をひったくる。
頼りになるなぁボニー姉さんは。
ガマ口から経口補水液を取り出して母親に押し付ける。
ペットボトルだがテクノロージーのミスマッチはこの際どうでもいい。
ひと口のんだ母親は目を丸くして、それからペットボトルをラリーに渡そうとする。
体が渇いているのだ、経口補水液はさぞ甘かろう。
「あーだめだめ、これはお母さんの。ラリーはこれね。ストローさして、はい、どうぞ……おいしい?」
ラリーは渡された紙パックのりんごジュースを猛烈な勢いで飲みながら、コクコクと頷く。母親はそれを見て目を細めた。
体温計は、三十九度を示している
再度ガマ口に手を突っ込むと、薬や栄養ドリンクではなく、プラスチックでできた長方形の棒と説明書が出てきた。
何だこれ。
ちょっと面食らいながら説明書を読む。
「あー、やっぱそうなのか……モッドさん、ちょっとお尻」
「あん? なんだよ」
「いいから……えいっ」
「痛っ! なんだよっ!?」
なんということもない、ただのインフルエンザワクチンである。
「昔、ボクの世界の人口の三分の一に感染して、そのうち五分の一を殺した病気があってね。それの特効薬があるって言ったら打ちたい?」
「先に言えそういうのは!」
長方形の棒は、つまり注射器である。
アレルギー発作の注射――たしかエピペンという名前だったはず――がこんな感じではなかっただろうか。押し付けるだけでいいのは医療免許のないボクには大変にありがたい。
説明書には「人間または獣人用。エルフその他の亜人種には無用」とあり、年齢や体重に制限がない。常温保存が可能で、免疫系を経由せず抗体を直接生成する。さらには病気の前後や病状の進行度に関わらず有効性があるという……それはもうワクチンではないのでは。
しかも一本で十回使い回せるという優れものだ。
ははーん、さてはお前オーバーテクノロジーだな?
「お母さん腕出して。大の男が泣くくらい痛いけど我慢してね」
「泣いてねえよバカ野郎」
お尻をさするモッドさんを放置して、母親の腕に注射器を押し付けた。
わずかな抵抗を感じたあとパチンと小さく音がなった。これでいいらしい。
腕には虫食いくらいの小さな円形の跡が赤く残った。
どうやら注射ですらないようだ。
「ラリー、おいで。痛いの我慢できる?」
ボクが聞くと、ラリー少年は困ったように口を尖らせた。
「これを使えば、お母さんのそばにいても大丈夫だよ」
少年が小さくうなずく。
細い腕をとって注射……もとい、対インフルエンザ用万能ナゾマシンを押し付ける。
「はい、おわり。痛い?」
ラリーがぶんぶんと首を横に振った。
とくに意味もなくモッドさんを見る。
「なんだよ」
「……大げさなのでは」
「うるせえ俺んときは痛かったんだよ」
ちょうどボニーさんが桶を洗って戻ってきたので同じく処置する。
「あにこれ」
「予防と治療の特効薬です」
「へー、アンタやっぱりおとぎ話のエルフなんだね。ツイてるねぇおっかさん、エルフさまさまだよ」
ラリーのお母さんは横になってすぐ眠ってしまった。
ラリーが心配そうにその手を握っている。
「おい、終わったんなら帰るぞ。こんなとこ長居するほど楽しくねぇ」
「だめだよモッドさん、ほっとけないよ」
「それはてめぇが手を出したからだろお人好しが」
そうは言うが、モッドさんもラリー少年の手を握ると良い、放っておけなくなるはずだ。知ってるんだぞ、あんたも大概お人好しだって。
「病気はたぶん治る、でもこんな所にいたら体力が持たないよ。死んじゃう」
「そんなこと言ったっておめぇ……じゃあどうすんだよ」
ボニーさんに視線を送る。
「ん? あー、うちかい? んー」
「だめですか」
「だめじゃないんだけどね。あぁ、勘違いすんじゃないよ、甲斐性がないわけじゃないんだ。その程度なら姉さんだってわかってくれるよ。だから、そういうんじゃないんだよ」
ボクがわからないでいると、モッドさんが割り込んできた。
「面子だよ、マリー。街で一番の娼館といえ、日の当たる仕事じゃねぇんだ。ナメられるわけにゃいかねぇんだよ」
「慈善なら印象も良くならない?」
「それが目的なら、そう動かなきゃなんねぇ。偉いさんと口裏合わせて、街中に噂を流して、万が一にも下手を踏まねぇように入念に準備してだな……まぁとにかく今日明日ってわけにゃいかねぇよ」
プロモーション的な慈善活動ならできるが、それも初動が遅いという話か。
ボニーさんが頷く。
「こんなの他にも沢山いるからねぇ。それがいっぺんに来たら、さすがに手に負えないよ」
線引きが必要なのだ。
ここまでは受け入れる、これ以上は無理。文句があるならお上に言ってくれ。
身勝手な慈善には大義名分が必要なのだ。
「ボニーさん今なんて言いました?」
「え? 手に負えない?」
「その前」
「だから、こんなの沢山いるって」
「つまり、この状態の人間が他にもいるということですか?」
「そりゃはやり風邪だもん、ねぇ?」
ねぇ? と話を振られたモッドさんがいよいよ絶望的な顔をする。
「おいマリーまじかよ。おめぇはどうしてそうやって面倒ごとに首を突っ込もうとするんだ」
このセリフを直接言われるのははじめてかもしれない。
そしてボクは、それに言い返す自分がおかしくておかしくてたまらなかった。
「ごめんねモッドさん、これはボクのわがままなんだ」
うおー、医学チートの時間だぜー! お約束は一通りやりたい。




