異世界風俗おじさん
おじさんに優しくしよう第五十七話
「エリカ、大丈夫?」
「……ああ、はい。大丈夫です」
エリカが木箱に腰掛けてぼうっと宙を眺めている。
宿に戻って、借金の話をこっそり話そうとしてエリカを呼んだ。しかし彼女は「別に隠していないからここで話して構わない」と言う。まあそれはいいのだが。問題は話したあとである。
以前、ボクが孤児たちの生活に介入したときに強めの拒否反応を示した彼女が、今回は一体どのように反応するか、実際かなり戦々恐々としていたのだが。
「すいません、なんだか力が抜けちゃって。そっか、もういいんだ……」
つきものが落ちた、とはこういう事を言うのだろうか。漫画なら口から尾を引いて白い魂が抜けている感じである。
「よかったじゃんか」
ルースがどこか他人事のように言い、アルボは黙って石鹸を作り続けている。
ジュジュとドータは二階の空き部屋で寝ているようだ。
空いた椅子にモッドさんがどかりと座り、ボクはメグの正面に座った。ビアンカはミューズを抱っこしたままボクのそばに立った。
「……暗くなってきましたね。明かりつけましょうか」
と言ってエリカが立ち上がる。
「エリカ、エリカ。それロウソクじゃないよ」
ちょうど夕飯時だ。どこかから種火をもらうために外へ出ようとしたのだろう。しかしその手には石鹸が握られていた。
「あ、ほんとだ……だめですね私。ローザさんもお休みなのに」
「いいよいいよ、今日は開店休業で。あとは適当にやっとくから」
どうせお客はボクとミューズしかいない。
ガマグチからライターを取り出して、ろうそくにカチリと火をつけた。
それを見ていたモッドさんに低い声でツッコまれる。
「おい待てなんだそれ」
「未来の~秘密道具だよ〜」
「誰の声真似だそれ」
「う~ふ~ふ~ふ〜ふ~」
青い猫型ロボットの真似をしながらガマグチにライターをさっとしまう。
あぶないあぶない、油断してオーバーテクノロジーを披露してしまった。
「ところで、エリカってどのぐらい取られてたの?」
ごまかしついでにモッドさんに聞く。
「ん? いやぁ、そこまでは聞いてねぇな。ついでに耳に入っただけだからよ、聞けるやつも、ほら、いなくなっちまったし」
エリカには、例のチンピラ二人組が死んだことは伏せてある。
モッドさんは勝手に酒瓶を取り出して晩酌を始めていた。あとでローザさんに言いつけてやろう。
「えと……ねえエリカ。エリカはどのくらい貰ってたの?」
今度は呆けているエリカに向かって聞く。
「え……あぁ、ええと……わかりません」
だめだ、まだ魂が戻ってこない。
エリカの代わりに答えたのは、ルースだった。
「貰ってねぇよ、全部アイツらに取られてたから」
「え、全部? じゃあどうやってご飯食べてたの?」
エリカが皆を養っていたはずだが。
ボクの問いにルースは小さく舌打ちして黙ってしまった。仕事の内容が内容だ、彼の性格だとそれで飯を食うのに酷くプライドが傷ついていたことは想像に難くない。
へそを曲げて黙ってしまったルースに代わって、今度はアルボが答えてくれた。
「お客さんからこっそりチップを貰った、って言ってました。たまにお菓子を貰って皆で食べたり」
「へー」
エリカ可愛いからな、おじさん達に人気だったのかもしれない。
「あれ、モッドさんってそういうお店に出入りしてるんでしょ? エリカに会ったりした?」
ボクが聞くと、モッドさんが口に含んだ酒を吹いた。
「馬鹿野郎オメェおかしなこと言うんじゃねぇよ、あのなぁ、おれは聞き込みしてんだよ、そらぁクゾの野郎から経費分は貰うけどよ、女遊びの面倒までみられるようじゃ終いだぜおい」
「でもローザさんも言ってたじゃん、毎回二人買うって」
「ばっ、おま、そりゃ昔の話だよ……なんだメグてめぇそんな目で見るんじゃないよ、あの……あのなぁ! この歳でそんな遊び方してたら身が持たねえってんだ、男をなんだと思ってやがるんでぇ」
冗談じゃねぇ、と言ってモッドさんがマグカップをあおる。
ホントかなぁ、怪しいなぁ。
「待てよ?」
と言ってモッドさんが、カップに口をつけたまま固まった。
「なに、まだなんか言い訳あんの?」
「だからちげぇって。おいエリカ……はダメか。おいアルボの坊主」
「はい?」
「俺はてっきり野良で客取らされてると思ってたがよ。エリカは店に出てたのか?」
「ええ、そのはずです」
むむ、と唸ってモッドさんが下顎を突き出した。なんだその顔。
「エリカが働いてた娼館、なんて名だ」
アルボは答える前に一瞬右下を見た。彼の記憶の引き出しは右下にあるらしい。
「たしか……紫の薔薇の宮殿、とかそんな」
「紫水晶の薔薇宮か?」
「ええ、それです」
「ああ? おめぇそりゃ、この街で一番いい店じゃねぇか」
そんなこと言われたって、という感じでアルボが肩をすくめた。
モッドさんがカップを持ったまま立ち上がり、詰め寄るようにエリカへ近づく。
「エリカ! よう嬢ちゃんシャンとしねえか! おめえの働いてた店、紫水晶の薔薇宮で間違いねぇな?!」
「え、あ、ええ、はい。皆さんいい人でした」
肩をゆすられ、エリカがはっとしたような顔で聞かれていないことまで答えた。
「おいマリー、こいつはネタになるぜ?」
モッドさんがテーブルにカップを打ち付けながら、とても悪い顔をした。もともと人相は良くないが。
「おやおやモッド殿、せめて私が見逃せるような悪巧みにしておくれよ。ふふ」
「ばかビアンカちげーよ、ってだからメグそんな目すんなって、あのなぁ、おめぇら悔しかねぇのかよ」
なにが。
「この娘も今となっちゃ身内だろ、身内売られて金まで取られたんだぜ? 報われねぇじゃねぇか」
「エリカはどうなの?」
そりゃボクにも思うところもあるが、こういうのは本人がどう思ってるかのほうが大事だ。
「えっと、私、お仕事自体はイヤではなかったです」
「え、そうなの?」
「はい、その、お客さんは礼儀正しい方ばかりでしたし。お店の人も親切にしてくださって」
まあ、高級なお店ならスケベ心は抜きにしても客層はまともそうである。
「じゃあなんで荒れてたの」
ボク君に殴られたんだが。
「それなのに、私その、世界中で不幸なのは自分だけだと……すごく腹が立って。あの、今すごく恥ずかしくて……その」
エリカが両手で顔を覆った。
黒歴史と言うやつか。
「何かを決めるには、早すぎるし少なすぎたんだよ。だから、恥ずかしいことじゃないよ」
「マリーさん……すいません」
赤い顔のまま恐縮したように頭を下げる。
感情の忙しい娘だ。
そんなエリカが言う。
「私、戻ったほうがいいのでしょうか」
ガツン、と音がした。
ルースがテーブルの足を蹴ったらしい。
それを見て、ふふふ、とビアンカが笑う。相変わらずツボがわからん。
「それを今の君がすると、いよいよ街にいられなくなるね」
ビアンカの言うとおりだ。記憶が確かなら、エリカは娼婦になれる年齢に達していない。バレると色々まずいだろう。
あれ、そういえばそんな話をコロビナさんの前でしたことがあるな。まぁ、そう何度も見逃してはもらえないだろうが。
「マリーが今、言っただろう? 必要なのは経験と、時間だ。ふふ、君が何者になるにせよ、生き急ぐようなことはない」
すごい、ビアンカがまともなことを言っている。
天変地異の前触れではなかろうか。
「それでモッドさん。どうすんの?」
「おう、俺ぁ顔がきくんだ。ちょうどいい事にこの時間なら店も開いてる」
なるほど、今から乗り込むのか。
あたいそういうの好きよ。
「もとは取れそう?」
「おうよ」
「よし乗った」
思い立ったが吉日。
今日はこれで二回目なので相当縁起が良い。
「私も行こう」
「私も行こうか?」
メグとビアンカが同時に言った。
モッドさんが嫌そうな顔で言う。
「やめろよ女ぞろぞろ連れて行くところじゃねぇ。それにカチコミに行くわけじゃねぇんだ、刃物ぶら下げたの揃えても意味ねぇよ」
むむ、と言ってメグがちょっと残念そうな顔をした。カチコミたいのか?
「ならば私はミューズと留守番をしよう。ふふ。今日泊まってもいい?」
「ああうん、好きにしなよ」
「うふふふふふ」
ビアンカ嬉しそう。
「ねえマリー」
ビアンカに頬ずりされながら、ミューズが悲しそうな声を出す。
「ごめんミューズ、すぐ戻るから」
「違うわマリー、そうじゃないの」
ミューズが辛そうに首を振る。
「お願いよ、ねぇマリー」
「わかってる、もう危ないことはしない」
娼館のある辺りはスラム街のすぐそばだ。ボクとミューズはスラムで襲われた事がある。
その後ミューズと喧嘩して、約束した。
ボクは君を置いて行きはしない。
「そうじゃなくて、おやつ、置いてって」
「あ、はい」
ボクはガマグチからアップルパイを山ほど取り出して、テーブルの上に置いた。
ジュジュとドータの分は残しておくようにと、特にミューズにしっかりと伝え、モッドさんと一緒に宿を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
「こっちのが近い」
そう言ってモッドさんが横道に入っていく。ボクの方向感覚が正しければ、その道はスラム方面へ続くはずだ。
「大丈夫なの?」
「大丈夫だよ安心しな、おめぇも体でけぇんだからよ、もう少しシャキッとしねぇ。だからカモられるんだぜ?」
「うへぇ」
そうは言っても、暗いしゴミゴミしてるし、大変に雰囲気が不穏だ。
トラウマの扉が開くぅ。
まぁでもそのトラウマはだいたいメグのせいなのだが。
「おおーい、モッドのだんなぁ。なんだい、えらいべっぴんさん連れてんじゃねぇの。おれらも御相伴あずかりてぇよなぁ」
「るせぇ、失せな! 俺の身内に手ぇ出したら叩っ斬るぞ! 覚えとけ!」
「ひえー怖い」
絡んできた酔っぱらい集団をモッドさんが威勢よく追い払う。
頼もしいじゃん。
向こうから、今度はマントを着た色っぽい女性が歩いてきた。
「あらモッドじゃない、なぁに、最近遊んでくれないと思ったら、こんな美人連れて妬けるじゃないのさ。ねえお姉さん、あなたも一緒に、どうだい?」
はい!
「ばか、おめぇ今日はだめだよ、じゃねぇ、こいつは素人だから余計なこと言うんじゃねぇよ。あっち行ってろ。ほら!」
「なにさ! イケズ! ツケ払ってけバカ!」
「往来ででかい声出すんじゃねぇよまったく……なんだよマリーその顔は」
「買ってんじゃん」
「……言うなよ?」
誰にだよ。言うよ。
「ここだ、紫水晶の薔薇……だから何だよその顔は」
「ツケ払いなよ」
「……言うなよ?」
だから誰にだよ。言うよ。言いふらすよ。
紫水晶の薔薇宮は、この街で最も良い店というだけあって、外から見ただけでもずいぶん豪奢だ。なんというか、洋風と和風が混在しているような感じだが、ここは異世界なので異世界の異国風と異世界の別の異国風が混ざって、えーとよくわからない。
やけに開口部が多くてそこから煌々と明かりが漏れている。
建物が明るいから前の通りも賑やかだった。おそらくこの時間帯なら街で一番活気があるのだろう。ささやかながら屋台のようなものまであるので、まるでお祭りのようだ。
三階建ての建物を見上げると、バルコニーで綺麗なお姉さんが手を振っていた。
「なんでお前ぇが鼻の下伸ばしてんだよ。ほら入るぜ」
モッドさんにケツを叩かれ、入口で語り合っている男女の脇を抜け中へ入る。
「おー」
ラウンジに足を踏み入れると、まっさきに目に入ったシャンデリアに圧倒され、声が漏れた。天井いっぱいからなだれ込む瀑布のような巨大なシャンデリアが、音もなくかすかに揺れながら煌めいている。
落ちてきそうでちょっと怖い。
奥で左右に別れた白亜の階段は、翼を広げた白鳥のようだ。そこに赤い絨毯がピッタリと敷かれている。真鍮の手すりはよく磨かれて熱を持っているかのように温かい色を放っている。
ボクはちょっと夢見心地になって、この興味深い宮殿の観察を続けた。
正面ホール――なんと呼べばわからないけど、とにかく広いスペース――には数組の男女がいた。身なりの良さそうな男性と、体のラインがはっきり出る薄絹で着飾った、これもまた上品な女性たち。
組を作っていない女性もいるので男女比は女性に偏っている。
どうやら、お金持ちのおじさんが女の子に話しかけて、気に入ったら個室に行くとかいうシステムっぽい。
ボクは風俗経験もないのでよくわからんが、お金払ってもコミュニケーション能力を求められるなんてハードルが高すぎて泣いちゃう。
「お客様」
「ひゃん」
呆けているところに話しかけられて驚いてしまった。振り返ると、長身のメイドさんがいた。もちろんコスプレではなく、露出の少ない本物のメイドだ。
真っ赤な髪を後頭部できちっとまとめていて、化粧っ気こそないがとても美人なメイドさんだった。
「お客様、当店は会員制となっております。どなたのご紹介でございますか?」
「えっと……」
ニコリと微笑んでそう言われたが、どなた様からもご紹介されていないので困る。
「俺だよ」
そこに割って入るようにモッドさんが現れた。手に高級そうな酒瓶をもっている。
「ちょ何飲んでんの」
「酒だよ」
「見りゃわかるよ。なんで勝手に飲んでんのって」
「あるのが悪い」
無茶苦茶なことを言って、モッドさんが持ち上げた瓶をぐいっと傾ける。
「かっ、うめぇ酒だなおい。ボニー、主人を呼びな」
袖で乱暴に口元を拭いながらモッドさんが言った。
ボニーと呼ばれた長身のメイドさんは、穏やかな微笑みを一転させ眉をひそめ、スカートをつまみ上げ、上品に、かつ素早くモッドさんの股間を蹴り上げた。
お見事。
ボクはポロリと落ちた酒瓶をしっかりキャッチした。これは多分モッドさんのタマキンより貴重なお酒だ。
「モルドラース、てめぇ、首になった用心棒がどの面下げて主人を呼びつけられるんだい? え?」
極めて穏やかで静かではあるが、低くドスの効いた迫力のある声でボニーさんが言う。
「てめっ……!」
顔を真っ赤にしてうめき声を上げたモッドさんは、仕返しとばかりにボニーさんの乳房をむんずと掴んで、そのままぐいっと引き寄せた。
「ご挨拶じゃねぇかボニー、え? そんなんだから年季明けてもこんなところで――」
なにか言い返そうとしたモッドさんの股間を、ボニーさんが今度は膝で思いっきり蹴り上げた。
両玉逝ったな。
真っ赤な絨毯の上で転げまわるモッドさんを尻目に、再びほほえみを浮かべたボニーさんがボクに話しかける。
「さてエルフさん、噂のエルフさんがうちの主人にどんな用件?」
「え、あっと……説明したいのはやまやまなのですが、多分ここでは話さないほうがいいです」
手に持った酒瓶をボニーさんに渡しながら言う。ボニーさんは形のいい眉を片方だけ上げた。
「……物騒な話?」
おそらくは街での事件のことを言っているのだろう。
「いいえ、なんというか、お店の評判とかに関わりそうな話で。ボクとしても穏便に済ませられるならそのほうがいいので。すいません、お願いします」
我ながら要領を得ないことを言って軽く頭を下げた。
「なんだい、モッドの連れにしてはまともじゃないか」
「そのように心がけてます。あ、おっぱい大丈夫ですか?」
「平気だよ」
「すいません、飼い主によく言っておきますから」
「飼い主?」
「ローザって、宿屋の」
「あー! あの人元気にしてる?」
「なんというか、カラッとしてズバッて感じですね。まあ元気です」
「あっはは、相変わらずみたいだね」
「お知り合いなんですか?」
「ん、まぁ、人生色々さ」
「なるほど」
ローザさんの過去はなんとなく想像がつく。エリカに目をかけているところとか、多分そうだったんだろうなという感じで。それよりも、娼婦というのは皆こんなふうにサバサバしてるものなんだろうか。
「ローザの客なら無碍にできないよね。わかった、奥においで、聞いてきてあげるから。駄目だったらそこの野良犬を恨みなよ」
ボニーさんは話のわかる人らしい、よかった。あと、ローザさんにお礼を言わなきゃ。
放っておくのもなんなので、いまだに膝の間に両手を挟んでうめいている哀れな中年男性の襟首を掴んだ。しょうがないにゃぁ。
「ほら行くぞ野良犬」
「うぐうぅ……」
魔法はいつからあったのか。トカゲの時代はどうか、お猿の時代はどうか、などと考えていくと、おそらく魔法ありの世界の性差は現実世界とは大きく違うだろう。という世界観なので当作では女性がマッチョ(過度な社会性くらいの意味)です。男はずっと馬鹿。モッドは好きなキャラ。




