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金髪巨乳おもらしエルフ

血反吐の中で羞恥に震える第十六話

 ボクには武術の心得はない。一応、学生時代に授業で柔道など習ったが、それはもっぱら不良共に投げ飛ばされる役であった。だからボクが知っているのは、受け身を取らず畳の上に落ちると痛い、ということだけである。ボクとミューズの貞操の危機を颯爽と現れ救ってくれた謎の女剣士。彼女の戦い方は、そのボクの目から見ても異常だった。

 

「どうした、遠慮をするな。私は相手をしてやると言った」


 右手に剣を持ち、だらり下がった切っ先で軽く円を描きながら、彼女が剣呑に誘う。足元には下顎を失った男が血の泡を吹いて呻きもがいている。

 身の丈の半分ほどもある両刃の剣だ、彼女は特別背が高いようでもないようだが、それにしたって女性が片手で振り回せるものなのだろうか。たとえそうであっても、人体をこうも容易に破壊することができるのだろうか。


「この、アマぁ!」


 ナイフを振りかぶりながら突進するゴロツキの顔面に、女剣士が剣を突き立てる。いや彼女はただ、すうっと腕を前に上げただけだ。それだけで、熱したナイフでバターでも抉るみたいに、切先がゴロツキの頭蓋に吸い込まれた。


「神の使徒とは言ったが――」


 鼻の横に剣を差し込まれたまま硬直するゴロツキを見て、女剣士は言う。


「尼ではない」


 そのまま手首を、まるでドアノブでもヒネるみたいに返す。背筋が凍えるほど嫌な音をたてて、ゴロツキの首が半回転した。


「まぁ、貴様らに名乗る名などないし、それで生かして返そうとも思わん」


 もしかして、皆殺しですか。


「無力な婦女子に乱暴狼藉、万死にあたいしよう。一人残らず地獄へ送ってやるから、貴様らはせいぜい懺悔の口上でも考えておけ」


 YES、YES、YES。

 神の使徒だと言いながら、地獄送りとは穏やかではない。そもそも彼女の戦い方が狂気じみてて穏やかでない。正直いうと、ちょっぴり漏らしているのでボクの下半身も穏やかではない。耳のいいミューズだが、鼻もいいのだろうか。バレると恥ずかしい。

 致命的な角度に首を曲げられたゴロツキが、糸の切れた操り人形みたいに崩れ落ちた。


「相手は一人だ! 全員でかかれ!」


 ドサリ、という音を合図にして、男たちが一斉に飛びかかる。果たしてチンピラドリームチームに息の合ったプレイなんか期待できるのだろうか。案の定てんでバラバラな叫び声を上げながら、それぞれ思い思いのフォームで斬りかかる。


「逃げればいいのに……」

 

 そう言って女剣士が嘆息した。いやいや、アンタが煽るから。

 しかし、相手が何人だろうと、なんのことはなかった。女剣士が、ホースで庭に水でも撒くみたいに左に一回と右に一回、くるりと回ってもう一回。軽やかに剣を振うと、男たちの頭と手と足と胴体がポップコーンみたいに弾けた。

 ついでにボクはしたたか血しぶきを浴びる。


「ひえっ」


 なんということでしょう。あの狭くて汚いかった路地にゴロツキたちの肉片と内臓が撒き散らされて、まるで花畑のように美しく変身しました。匠の手腕に脱帽。


「ひぇーっ!」


 軽やかで無造作な剣撃によって跳ね飛ばされたゴロツキの上半身が、へたりこんだボクの目の前に落ちた。生気を失った人間と目があって、ボクの尿道がまた緩んだ。なんということでしょう。


「動くんじゃんねぇ!」

「ふぇぇ」


 ゴロツキの最後の一人が、オモラシエルフのボクにナイフを突きつける。なんという……


「動くとコイツの首掻っ切るぞ! ええ? どうするよ!?」

「ふぇぇ。お助けぇ」


 どうもこうもない、勘弁していただきたい。


「柄物捨てろオらぁ!」

「……わかった」


 女剣士が、ゆっくりと地面に剣を置いて両手を上げた。


「捨てたぞ、二人を離せ」


 女剣士さんには悪いが、こういう手合は「離せ」といわれれば離さないのが一般的だと思う。


「へへへ、離すわけねぇだろうが」


 な? 言うたやろ?

 ボクはゴロツキに首根っこを掴まれたまま、ズルズルと引きずられる。この流れは不味い。このまま袋小路の出口に到達した場合、行き掛けの駄賃でボクは刺される。もしかしたらミューズも。なんとかしてください女剣士の人。なんかあるんですよね、飛び道具とか、魔法とか。ボクはこの世界に来てまだ魔法を見ていない。存在は定かでないが、あるのなら今使ってほしい。お願いします。

 ちょうど女剣士の真横に来たときに、彼女と目が合った。ボクは視線で助けを求める。S・O・S! S・O・S! まさにちょうどいまエルフがピンチ。

 ボクの魂のモールス信号に女騎士の唇が返答する。

――S・U・M・A・N(スマン)


「あきらめんなよ!」

「おあっ、暴れんじゃねぇ!」

「やだー! お助けー! 痛いのヤーダー! えーるふがぴんーちー!」

「なに歌って、この! おとなしくしやがれ!」

「ヤダ! ヤダーッ!」


 首からほんの一瞬ナイフが離れた。まるでそれを狙っていたかのように、ボクの後ろでミューズが激しく体をよじった。その勢いでボクはバランスを崩し血溜まりの中に倒れ込む。顔から。


「くそっ、舐めやがっ――」


 ゴロツキは末期(まつご)のセリフを最後まで言えないという不文律でもあるのだろうか。通りの影からニョキリと伸びてきた短剣が、ゴロツキの首を貫いていた。短剣が引き抜かれると、絶命したゴロツキがちょうどボクの目の前に倒れる。


「お、おふぅ……」


 じょわわ、じょわわ、じょわわ、濡れるエルフの下半身。大量の血を吐いて絶命した男を目の前にして、ボクの膀胱は完全に空になった。もういい、大きい方じゃないだけマシだ。


「何者か!」


 ボクがショックで放尿……放心していると、女剣士が通りの影に潜んでいる人物に声を投げる。短剣を摘んだまま両手を広げ、現れたのは黒い革鎧をつけた男だった。


「あー、怪しいもんじゃねえ。通りすがりのお節介焼きだよ。つい手が出ちまったが……邪魔だったかな?」

「あ、いや。助かった。礼を言う」

「ありがとうございます」


 うつ伏せで放心しているボクのかわりに、ミューズが女剣士に続いて礼を言ってくれた。ボクが地面にひれ伏しているので、彼女は上向きでひっくり返っている


「いいよ。しっかし、派手にやったなぁ」


 無精髭のダルそうな目つきの黒剣士は、顎にある古傷を撫でながら惨状を見渡している。

 女騎士がボクとミューズにむかって頭を下げた。


「すまない二人とも。少し脅せば逃げると思ったのだが、その……」


 黒い剣士が呆れたように言う


「あのなぁ、脅すったってよ、そりゃ逃げ道がありゃ上手くいくかもしれねぇが、アンタが後ろを塞いでちゃ意味がねえよ。その上、眼の前で仲間ぁポンポン散らかされてるんだ、追い詰められた阿呆が次になにするかって、考えりゃわかるだろうよ」

「ううっ……すまない」


 あの挑発や派手な大立ち回りはパフォーマンスだったのか。残念ながらその目論見は完全に裏目に出たし、ボクからは盛大にオモラシが出た。

 肩に短剣を担いだ黒剣士にやんわり説教されて、女剣士が項垂れている。さっきまでの出鱈目な強さが嘘のようにしおらしい。


「まあいいさ。カタギの二人にゃ酷だが、剣士なら切った貼ったなんて所詮結果論だ。生きてりゃ問題ねぇよ。ほら、しっかりしなエルフの姉ちゃん。後ろの嬢ちゃんは……そりゃ、元からだよな?」


 ボクを引っ張り起こした黒剣士が、ミューズを覗き込んで言う。彼女は先程から妙に大人しい。どうしたのだろう。そろそろ優しい言葉のひとつでも期待しているのだが。ミューズと背中合わせのボクには様子がわからない。


「ええ、元からです。ご心配なく」

「おう……そっか」


 ミューズにしては硬質な声で、返答もやや淡白だった。黒剣士が少したじろいでいる。


「エルフの君。怪我は?」


 少しさみしいなと思っていると、女騎士がミューズのかわりに聞いてくれた。


「いえ、大丈夫です。ちょっと顔面を強打しましたが」

「血だらけじゃねぇか」

「ボクのではないのです」

「あ、すまん……ごめん」


 女剣士の人がマジで申し訳なさそうにしているので、血しぶきのことは不問にしたい。命の恩人なわけだし。


「ですが精神的ダメージが限界です。主に下腹部の虚無感が凄いのです」

「あー……こりゃまた、なんとも」


 黒剣士が気まずそうにボクから目をそらした。思ったより紳士的な人物らしい。


「なんというか……フフ……下品なんですが……失禁……しちゃいましてね」

「ご、ごめんなさい!」

「フフ……」

「本当にごめんなさい!」


 それから、女剣士はボクがいいと言うまで頭を下げ続けた。


今回ネタ多め。

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