そこのけそこのけエルフが通る
ミューズが腹芸する第十四話
見上げるほど高い石造りの城壁の上を人が歩いている。見張りだろうか。城壁からは等間隔でポコポコと塔のような構造体が飛び出している。巨大な建造物は、朝の太陽を浴びてなかなか壮観だった。
「立派な城壁だね」
「カルヴィークはこのへんで一番大きな街よ」
「なにか有名なものがあるの?」
「ん? えっと、お墓があるよ」
「お墓? お城じゃなくて?」
「聖人のお墓があって、そこから大きくなった街なの」
「カルビークさんの?」
「そう、賢人カルヴィーク」
普通こういう城壁の中あるのはお城なのでは。有名人ならお墓でも人が集まるのかな。観光地のようなものだろうか。
アーチ状の門からは重たそうな引き上げ式の鉄柵が飛び出していた。有事には下ろすのだろうが、今は開け放っている。槍を持った二人の衛兵、いや門番かな? なんだか暇そうにあくびをしている。しかしやけに軽装だ。おそろいのベストを着ているので町内会の見守り運動にしかみえない。それで一体何を守るのだろう。
「ちょっと待て」
「へっ? ボクたち?」
「達? ああ、後ろに……」
「ごきげんよう衛兵さん」
街に入ろうとしたら呼び止められた。さっきアクビしてたくせに、急自分の仕事を思い出したのか。他の人はほぼスルーなのになんでボクたちだけ止められるのだろう。心当たりはないが心拍数は上がる。小心者なのだボクは。ミューズの余裕が羨ましい。
「お前、エルフだな」
「いいえ、ちょっと耳の長いお姉さんです」
「そう、なのか?」
「嘘です、エルフです」
「なんで嘘つくんだよ。まあいい、少し待ってろ」
面倒でとっさに嘘をついてしまったが、後で面倒になってもやなのでここは正直にいこう。面倒くさいけど。たぶん最悪街に入れないだけですむ。面倒だな。
少し待つと衛兵が誰か連れてきた。三十代後半くらいの細身のお兄さん。前世のボクがアラサーだったのでお兄さんと描写する。
「おーマジでエルフだ、珍しいな」
「どうも」
「そんな固くなんなよ、悪いことしてねぇんだから。だろ?」
割とイケメンだけど、ふつーのお兄さん。わざわざ連れてくるんだから上司の人なんだろうけど、鎧を着ているわけでなく、かっこいい剣を持ってるわけでもない。袖口の汚れたブラウスにベストを着ただけのラフな格好だ。
「嬢ちゃん、手足がないのか」
「はい」
「ありゃ、目も見えないのか? 難儀してるな」
「いいえ、優しい友人がおります」
「ん、そうかそうか、いいことだ」
ミューズと話しながら、お兄さんはボクらの周りをゆっくり回って、再びボクの正面へ戻ると腕を組んでうなずく。
「名前は?」
「え、あ。マーライクです」
「ミューテリュシカ・ヘイヘリオースと申します」
「マーライク! そいつは縁起がいいな!」
「そりゃ、どうも」
なんというか、こう、相手のテンションに合わせずグイグイ来る人は苦手だ。
「で? 何しに来た?」
お兄さんの表情が変わって多少威圧的になった。怖い。
「えっと、観光?」
「観光ねぇ」
「……エルフはだめですか?」
「だめじゃねえんだがな」
じゃあなんで止めるのさ。っていうか顔近い。怖い。ボクのほうが少し背が高いので若干顔を上げ気味にしている。上目遣いがちょっとヤンキーぽい。怖い。
ボクがおどおどしているとミューズが言った。
「私達は見聞を広げるために旅をしております」
「……目が見えないのにか?」
「目が見えなくても、色々なことがわかるのですよ“副隊長”さん」
「なんで俺が副隊長だと知ってる?」
「今しがた衛兵さんがそのように。見えなくても、かわりに耳がよく聞こえますわ。ねえ副隊長さん、街に入れないと今夜は女二人、夜露に濡れながら眠らなければなりませんわね。カルヴィークの衛兵隊は紳士だと聞きましたのに。困ったわね、ねえマリー?」
ミューズが攻める攻める。何が始まったんですか。この娘は普段プチ天然ぽいのに、こんなやり取りもできるのか。ボクはミューズの言葉にコクコクと頷くことしかできなかった。かっこ悪い。
「あっはっは! そりゃ困ったな。天下の門前衛兵隊がご婦人を凍えさせたとあっちゃ、賢人カルヴィークも草葉の陰でお嘆きになるってもんだ。あっはっは! 肝がすわってるな嬢ちゃん。よし気に入った。俺はカルヴィーク門前衛兵隊副隊長のマルカス。何かあったら俺のところに来な!」
そういって手を振りながら、マルカス副隊長はまた向こうへ消えていった。何が起こったんですか。ボクの知らない間に高度な政治的取引が行われたのですか。
「えっと、通っていいの?」
「いいぞ」
一応、衛兵に確認する。
「面倒起こすなよ」
「へへっ、そいつぁもちろんでさぁ」
「ごきげんよう衛兵さん」
権威に弱い小市民丸出しでヘコヘコしてるボクの後ろで、ミューズは余裕のごきげんよう。旅慣れしてるてこういうことなんだろうか。
ともあれ、城壁をくぐり抜ける。
「ミューズさん、よろしいでしょうか」
「なんで敬語なの? なに、マリー」
「なにがどうなってたんでしょうか。いや、ボクがエルフだから止められたのはわかるんだけど」
なんでかわからないけど止められて、よくわからないけど通された。傍目にはマルカス副隊長の気まぐれに見えた。
「大丈夫よマリー、エルフは嫌われてるわけじゃないから……獣人が街に入れないのは知ってるでしょ」
「うん」
それはシルドラが言っていた。
「人の生きる世界にはね、人と、それ以外しかいないの」
「それは、一括りにしてるってこと?」
「人は人の事しか知ろうとしないのよ」
非常に端的で、非情な表現だった。
なんらかの理由で獣人は排斥されている。エルフは別の理由でやんわり恐れられているが、嫌われてはいない。ただ、人ではないものという意味では、衛兵が出てくるのだ、つまりは都市の治安を乱すもの、その恐れのあるものとして同じように認識されている。わからないものは怖いから。
「なんで通してくれたの?」
「マルカスさんと衛兵さんが話してたのが聞こえたの。めんどくせえな、追い返せ。って」
「エルフが来ました、どうしましょうか副隊長。ってかんじ?」
「そうそう」
ミューズが笑いながら肯定した。
弱みと言うほどでもない。だが彼らも役人なのだから、面倒くさそうだから追い返しました、では筋が通らないだろう。ミューズはそこを突付いたのだ。カマをかけるってやつだ。もちろん証拠はないのだから、あとは、本当にミューズのことを気に入ったのか。
「ミューズやるねぇ。名前まで教えてくれたね」
「あれは、そんなんじゃないと思うわ」
「そりゃ社交辞令だろうけどさ」
「でもね、普通は名前なんて聞かれないよ」
「ん? うん。ん?」
お互いの名前を交換する意味は、親愛と友好、あるいは信頼、その押し付け。肩書き付きの名乗りなら後者だろう。ビジネスライク。つまり、こういう意味だ。お前たちの名前は覚えたぞ、このマルカス副隊長がな――
「何かあったら叩き出すぞ、ってことか……」
「いい子にしてなきゃね」
おどけてミューズが言う。
ボクはマーフィーの法則なんて、ろくでもないものを思い出していた。
かっこいい駆け引き書きたいよね