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「それでは、お集まりの皆様!明日からの営業をお楽しみに!」
俺の挨拶に我に返った人達のざわめきを背に、店に入るための階段を上って行く。階段の横、表通りに面した位置には「当店では身分や種族での差別や優遇を一切致しません」と書いた看板がある。
両開きの扉を開け中に入ると店員達と兵士達が不安そうにキョロキョロと辺りを見回していて、俺に気が付いた玄田が近寄ってきた。
「お疲れ様です、パンドラさん」
「おう、お疲れさん。皆も疲れたろ、奥の食堂で店舗の説明をするから移動してくれ」
戸惑いながらも席に着く皆にお茶を出して、自分も席に着いて説明を始めた。
一階は駐車場で柱と二階へ上がる階段以外は井戸を囲んだ建物しかない。井戸を囲んだ建物は二階の厨房に繋がっていて、手漕ぎポンプで水を汲める様になっている。建物で囲んだのは嫌がらせ等でゴミや毒物の投棄を警戒してだ。
二階は店舗で入り口から1/3は雑貨などの小売スペースで残りは食堂とバックヤード。
三階は執務室を含めた玄田の居住スペースで勿論風呂とトイレ付。
四階は男子寮で部屋数は十五、トイレ付きだが風呂は共同。
五階は女子寮で部屋数は二十、トイレ付だがこのフロアに風呂は無い。
六階は半分が俺とライラ、アレス、タニアの四部屋で、もう半分、表通り側は展望風呂になっている。女子寮に風呂が無いのはこれが理由だ。俺は水に沈まないし靄で綺麗に出来るから必要ない。アレスは男子寮で入りゃ良いだろうと言う事で女性専用となっている。
一様屋上にも上がれる様になっていて120cmの高さの柵も有るから乗り越えなければ転落の心配は無い。
「とまぁ簡単に説明したが何か質問は?」
「パンドラ殿、店員ではないが聞いておきたい事が有る。これ程の高さの有る建物など見た事が無いのだが倒壊の恐れは無いのか?この街の安全を担う守備隊を纏める者としては陛下に報告せねばならん」
「その心配は要らないよ。俺達の居た世界じゃこの程度の高さなんて大した事無いんだ。なぁ玄田君」
「ええ、そうですね。都心部に行ったら二十階建てとかざらでしたし」
「そ、そうなのか・・・・・まったく想像出来ないが問題無しと報告させて貰おう」
「他に質問は無いか?無ければ各自部屋に行って荷解きをしてくれ」
「あ、はい!お風呂って何ですか!後、お部屋でお茶を飲んだり出来ますか!」
「あ~風呂ってのはお湯に浸かって疲れを取る所なんだが・・・・・良し、男子寮に全員で行くか、設備の説明も必要だろうしな」
全員で男子寮の空き部屋へ向かう、興味があるらしく兵士達も付いてきたが三十人越えのため五人ずつ部屋に入れて説明し、残りの店員達は待っている間に荷解きをさせた。
「部屋の内装は男女共に同じだ、そこの扉がトイレなんだが底の方に仕掛けが有って何でも吸い込むから気を付ける様に」
「はい!それってゴミを捨てても良いって事ですか?」
「お、なかなか良い事に気が付いたな。その通りだが大事な物も消えてしまうって事は忘れない様に。次はそこの金属で出来た樽みたいな物だが、ストーブと言って中に薪や炭を入れて暖を取ったり上にポットなどの調理器具を置いて煮炊きできる優れものだ」
「あの~・・・私は窓が無いのが気になったんですけど、あれってどうなってるんですか?」
「ああ、あれは窓ガラスって言ってだな・・・コンコン・・・とまぁ見えにくいが板が填まっているんだ。部屋の換気は横に有るこいつを回すと・・・カラカラカラ・・・窓の上が開く様に為ってる。此処より高い建物は無いから覗きの心配は無いが、窓の横に付いている布、カーテンを・・・シャッ・・・こうすれば問題ないだろ」
「・・・・・パンドラ殿・・・これでは広さ以外で陛下の居室が勝っている所は無い様に思えるのですが・・・・・」
「お、そいつは良い事聞いたぞ。お前等は運が良いな、俺と敵対しない限り王侯貴族並みの生活が出来るって事だ。勿論仕事はして貰うがな。次は風呂か・・・・・男は玄田君にして貰うとして女は~・・・タニアは拙いからライラにして貰おう。一度食堂に戻って先に夕飯にしようか。玄田君、ライラを連れてくるからちょっと宜しく」
玄田に一言言って皆の見ている前で転移を使ってガーランド家に行きライラを連れて食堂に直接転移した。
店員達は話には聞いていたが直接見るのは初めてだったので驚かせてしまったが、反意を起こさせない為にも力を見せ付ける事が必要だと思っての行動だ。
ライラを見た瞬間に副隊長が顔を背けたのは別の理由だろう。
夕食はメニューの中から好きな物を選ばせた。
天然酵母のロールパンは軟らかく食べ易いと皆が絶賛。
目玉スープは勿論、他のシチューやコーンポタージュ等も満足して貰えた。
俺と玄田が旨そうに飲む豆腐の味噌汁を見た副隊長が試しに飲んでみて絶賛し、釣られて半数が飲んだ。
ライラは相変わらず肉ばかりだが味噌付け焼き肉と生姜焼きを気に入って食べていた。
同様に男達も肉ばかりだが白身魚のフライにタルタルソースをかけて食べるのが気に入った者も結構居た。
女性達の殆んどはサラダにかかっているドレッシングやマヨネーズが気になった様だ。
そしてある意味本命と為るデザートの時間となった。
ケーキやタルトにパイやクッキーとプリンにゼリー、アイスクリームやシャーベットなどの甘味に女性陣は狂喜乱舞し、それを見た男性陣はちょっと引いたがまぁ仕方ないだろう。
全てを平らげ至福の笑みを浮かべる女性陣を見て成功を確信していると副隊長がぽつりと溢した。
「これが賄いで出るのなら私も此処で働きたい・・・・・」
「聞いたか皆!貴族である近衛の副隊長が羨む環境で働ける機会なんて外じゃ有り得ねぇ!明日からしっかり頼んだぜ!」
「はい!」と力強い返事を貰い、この店で働く事が一種のステータスになる日が来るだろうと思った。
風呂の説明を玄田とライラに任せて副隊長達を見送る。
店の外には今だ沢山の人達が残っていて、この国で一番高い建造物を眺めていた。
「明日からも宜しく頼みます。今日は特別ですけど昼食は用意しますからご安心を。と言っても何でも好きなだけとは行きませんけどね」
「いやいや、この勤務が永遠に続いて欲しい程の味だったのだ一食でも食べられる事は幸運でしかない。では解散だが守秘義務を忘れない事、それと明日も遅れない様に」
副隊長の台詞が聞こえ余計に興味を引かれたのか、集まっていた人達が帰ろうとする兵士達に店内の事やどんな物を食べて来たのかを聞いていたが、兵士達は「夢の様な時間だった」等と上手い事を言ってはぐらかしていた為にかえって宣伝になっていた。
風呂から上がり眠そうにしているライラを連れてガーランド家に帰る。
明日からの営業が成功するビジョンしか見えない事がかえって不安になり、奴を憑依させない方法を模索し続けた。
ここまで読んで頂き有難う御座います。




