ド近眼な彼女と甘党な彼
翌日、私は人生初の眼鏡を買いに行く。店員がやたらと絡んでくるが、考え込んでいたら、いつの間にかいなくなっていた。
どの眼鏡が似合うって、笑ってくれるかな。そう考える自分を、頭を振って打ち消す。結局、友達監督の元、地味な黒いフレームの眼鏡になった。
とある日、大学で友人とランチを食べている時のこと。
「ねぇ、眼鏡買って一週間たったよね?」
「そうだね。眼鏡買うのに付き合ってくれてありがとう」
友人は眉を寄せながら、こめかみを押さえる。そして私に鏡をつきつけてきた。
「じゃあ、どうして眼鏡つけてないのよ! もしかしてコンタクト!?」
友人がにっこりと口角を上げるが、目が笑ってない。
「コンタクトじゃないよ。眼鏡してないのは理由があって」
友人は呆れた、とため息をついて、午前の講義のノートを私の目の前に置く。
「眼鏡、ちゃんと似合ってたんだから、かけたら報告しなさいよ」
もちろん、と私は頷いた。
その日の夕方。ひな祭りが近かったため、ひなあられと夕飯の材料を買った私は、階段から足を滑らせた。ヤバい、卵が潰れる――!!
衝撃に堅く目を閉じていたが、まぶたに感じる明かりが夕方のものから変わっている事に気付き、おそるおそる目を開ける。すると、あの金ぴか王子がいた。
「サカイ……!もう会えないのではないかと思っていたぞ!!」
私はその言葉に首を傾げると、王子が頬を染めて小さく呟く。
「この前キスしたから来ないのかと」
この金ぴかは、人が忘れようとしていたことを!!
私は赤面した顔を隠すように、スーパーの袋をあさって、ひなあられを取り出した。そして食べやすいように、袋を開けてから、渡す。王子はすんなりと受け取った。
「これは何だ?」
「ひなあられ。甘くて、少し硬いけど、伝統のお菓子」
王子は数粒手に取り、色鮮やかだなと呟いて、口に入れた。すると王子は次々に口に放り込んでいく。
どんな顔をしているんだろう。私の視力では王子の顔はぼんやりとしている。カバンの中にある眼鏡ケースに手が触れた。
眼鏡をかけるときは、一番初めに王子が見たいと思っていた。自分で笑っちゃうけれど、どうでもいいと思っていた世界を、見たいと思わせてくれた人を、鮮明に見たかったのだ。
だから、眼鏡ケースを開いた。そして世界はクリアになる――。
王子は、金糸のような癖のない、耳までの長さの髪をしていた。そして夏の空の色をした目は、ひなあられを目にして輝いている。ぼんやりと見えていたころから、彫りが深い顔立ちだと思っていたが、その通りだった。西洋寄りの顔立ちだ。
ひなあられを黙々と食べているので、細長く角張った指に食べカスがついている。そして頬にも。
なんて可愛くて、純粋な人なんだろう。私は王子を目に映す喜びを感じていた。
すると、視線に気付いた王子が私を見る。
「そんな目で見ないでくれ」
王子が私の頬をなでる。そして人差し指で、私の唇をなぞった。
「眼鏡、似合ってる。サカイは視力が悪かったのだな。だが、キスするのにぶつかりそうだ」
王子の熱を帯びた目にクラクラする。そっと、眼鏡をとろうとする王子に、初めて腕を掴んだ。彼を目に焼き付けたい。
「眼鏡とらないで」
「なら、ずっと見ているといい。鮮明に、忘れないように」
その言葉通り、私は目を離さなかった。嬉しそうに私の作ったお菓子を食べる姿も、私に気持ちを伝える時に顔を赤くしていたことも。そして私達の第一子が生まれた時に、ありがとうって泣いて喜んでくれた姿も。
私に――世界は綺麗なものがあると、教えてくれてありがとう。
読んでいただき、ありがとうございます。
修正しました。主な修正箇所は改行を減らしたことで、あまり変わっていません。(2014/1/17 修正)