コメントが世界を作る
ダンジョンの空気が、重くなっていた。
石の椅子に座ったまま、俺は天井を見上げる。
黒く染まった岩壁が、ゆっくりとうごめいている。
さっきまでただの空洞だった場所が、どこか生き物の内側のように感じる。
そして。
空中に浮かぶ文字。
【観測感情 検出】
【怒り 63%】
【恐怖 18%】
【興奮 14%】
【管理権限 適合率】
【上昇中】
チャットは相変わらず荒れている。
〈説明しろ〉
〈事故の件どうなってる〉
〈人死んでるんだぞ〉
〈でも配信やばい〉
〈ダンジョン変わってる〉
視聴者数はさらに増えていた。
146,000
俺は腕置きに肘を乗せる。
「……面白いな」
〈何がだよ〉
〈笑ってる場合か〉
〈炎上してるぞお前〉
俺は小さく肩をすくめた。
「炎上も観測だ」
チャットがざわつく。
〈は?〉
〈何言ってる〉
〈頭おかしいのか〉
俺は空中の文字を指さした。
「見ろ」
【怒り 63%】
「怒ってる人間が六割以上」
「それが数値で出てる」
〈だから?〉
〈関係あるの?〉
俺は周囲を見渡す。
黒い壁。
揺れる影。
そして椅子。
「多分これ」
「視聴者の感情も観測に含まれる」
チャットが一瞬止まった。
〈感情?〉
〈そんなわけ〉
その時だった。
コメントの一つが流れる。
〈怒り63%なら敵出てきそう〉
その瞬間。
ズン。
ダンジョンが揺れた。
〈今揺れた〉
〈まただ〉
俺は目を細める。
ズズズズ……
床の岩が、盛り上がる。
黒い影が、形を作る。
チャットが凍った。
〈え〉
〈待て〉
〈今のコメント〉
影が膨らむ。
そして。
巨大な影の塊が、立ち上がった。
高さ三メートル。
腕のような突起。
歪んだ頭部。
〈敵出た〉
〈嘘だろ〉
〈コメントで?〉
俺は静かに笑った。
「ほらな」
影の怪物が動く。
ズシン。
ズシン。
床が震える。
〈やばい〉
〈逃げろ〉
〈ボス?〉
俺は椅子に座ったままだ。
立たない。
動かない。
〈何してる〉
〈戦えよ〉
俺は言った。
「まだだ」
影の怪物が近づく。
距離十五メートル。
十メートル。
チャットが叫ぶ。
〈死ぬぞ〉
〈早く動け〉
〈逃げろ〉
俺は笑う。
「お前ら」
カメラを見る。
「理解したか?」
チャットが止まる。
「今の敵」
指を立てる。
「お前らが作った」
沈黙。
数秒後。
コメントが爆発した。
〈マジ?〉
〈コメント反映?〉
〈嘘だろ〉
〈やばいゲームじゃん〉
影の怪物が腕を振り上げる。
巨大な黒い腕。
俺の頭上に落ちる。
その瞬間。
俺は一言言った。
「コメント」
「“弱い敵”って書いてみろ」
チャットが一瞬迷う。
そして。
〈弱い敵〉
〈弱い敵〉
〈弱い敵〉
〈弱い敵〉
コメントが埋まる。
次の瞬間。
ズン。
影の怪物が止まった。
体が、揺れる。
そして。
ボロッ。
腕が崩れた。
チャットが絶叫した。
〈ええええ〉
〈弱くなった〉
〈マジで反映された〉
怪物の体が崩れる。
巨大だった影が、
人間サイズに縮む。
ドサッ。
地面に倒れた。
動かない。
チャットが完全にパニックだ。
〈今の何〉
〈ゲームじゃない〉
〈神回すぎる〉
〈配信史変わった〉
視聴者数。
171,000
俺はゆっくり立ち上がった。
椅子から降りる。
影の残骸を見下ろす。
「なるほど」
完全に理解した。
この椅子は
観測を操作する装置だ。
視聴者の視線。
感情。
コメント。
それを
ダンジョンに変換する。
俺はカメラを見る。
「お前ら」
笑う。
「面白くなってきたな」
その時だった。
空中の文字が、再び変わる。
【観測制御 確認】
【管理権限 適合率】
37%
チャットがざわつく。
〈管理って何〉
〈これ本当にゲーム?〉
そして。
最後の文字。
【管理者候補】
【追加試験 開始】
ダンジョン全体が、震えた。
ゴゴゴゴゴゴ……
俺は空を見上げる。
「……試験?」
次の瞬間。
ダンジョンの天井が割れた。
巨大な影が、
上から落ちてくる。
それはさっきの怪物とは比べ物にならない。
高さ十メートル。
黒い翼。
赤い目。
チャットが絶叫した。
〈ボス〉
〈無理〉
〈死ぬ〉
俺は笑った。
「なるほど」
カメラを見る。
「次は」
「お前ら全員で倒す敵だ」
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