十万人の目
ダンジョンが、揺れていた。
ゴゴゴゴゴ……
足元の岩が震える。
天井の砂がぱらぱらと落ちてきた。
チャット欄が荒れている。
〈なにこれ〉
〈地震?〉
〈イベント?〉
〈初めて見た〉
〈視聴者10万いったぞ〉
数字が画面の隅で光っている。
100,342
俺はその数字を見て、静かに息を吐いた。
「……やっぱりか」
通路の奥。
暗闇が、ゆっくりと割れる。
岩壁が左右に裂けていく。
ゴゴゴゴゴ……
巨大な空間が、姿を現した。
まるで、隠されていた部屋が開くように。
〈隠しエリア?〉
〈いや見たことない〉
〈第十九層にこんなのない〉
俺は笑った。
「あるんだよ」
「今、作られたからな」
チャットが止まる。
〈え?〉
〈今作られた?〉
〈どういうこと?〉
俺はゆっくり歩き出した。
岩が割れて出来た通路。
その先にあるのは——
巨大な空洞。
天井は高い。
三十メートルはある。
中央に、何かがある。
石の台座。
その上に。
椅子。
巨大な石の椅子だ。
背もたれは高く。
腕置きには奇妙な紋様が彫られている。
まるで——
王の玉座。
〈なにこれ〉
〈ボス部屋?〉
〈いや椅子だけ?〉
俺は立ち止まる。
「これが」
チャットを見た。
「観測者の椅子」
〈観測者?〉
〈なにそれ〉
俺は肩のカメラを軽く直した。
「ダンジョンは」
言葉を選ぶ。
「見られるほど、変わる」
〈うん〉
〈さっきの蛇で証明された〉
「じゃあ」
俺は椅子を見る。
「もし」
一拍。
「十万人が同時に見る場所があったら?」
沈黙。
〈……〉
〈それがこの椅子?〉
俺は頷いた。
「たぶんな」
ゆっくり歩く。
石の床が響く。
コツ……コツ……
椅子が近づく。
圧力を感じる。
ただの石じゃない。
何かがある。
チャットがざわつく。
〈なんか嫌な感じ〉
〈近づくな〉
〈フラグだろ〉
「心配するな」
俺は言った。
「死なない」
〈それ昨日も聞いた〉
俺は笑った。
そして。
椅子の前に立つ。
巨大な背もたれ。
石の表面には、細かい傷。
まるで——
誰かが、何度も座った跡。
〈……まて〉
〈これ誰か使ってた?〉
俺は手を伸ばした。
石に触れる。
冷たい。
その瞬間。
頭の奥に、声が響いた。
——観測者。
俺は目を細める。
——座るか。
チャットが動く。
〈どうした?〉
〈止まったぞ〉
俺は、椅子を見る。
「……なるほど」
「そういうことか」
俺は振り返る。
カメラを見る。
「お前ら」
「一つ聞く」
チャットが止まる。
「この椅子に」
「俺が座るのを見たいか?」
一秒。
二秒。
三秒。
チャットが爆発した。
〈見たい〉
〈絶対見たい〉
〈座れ〉
〈いけ〉
〈配信史に残る〉
〈やれ〉
視聴者数。
108,000
俺は笑った。
「決まりだ」
椅子に背を向ける。
そして。
ゆっくり腰を下ろした。
その瞬間。
世界が、止まった。
音が消える。
空気が凍る。
ダンジョンの壁が、黒く染まる。
チャットが止まる。
そして。
画面の中央に。
文字が浮かんだ。
【観測者認証】
〈え?〉
〈なにこれ〉
文字が続く。
【視聴者数 108,412】
【観測密度 臨界突破】
【管理権限 確認中】
チャットが凍る。
〈管理?〉
〈権限?〉
〈これゲームじゃないよな〉
俺は、静かに言った。
「やっぱりな」
次の文字が出る。
【ダンジョン管理者候補】
チャットが、完全に止まった。
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