合法
最初は、ニュース速報だった。
《政府、オンライン配信者に対する新認証制度を発表》
七瀬のスマホが震える。
トウマからメッセージ。
《見ましたか》
見ている。
画面にはスーツ姿の官僚。
背景に国旗。
「健全な情報環境の維持を目的とし――」
零がテレビを消す。
「来たな」
国家の男は資料を既に入手している。
机に並べられたPDF。
“配信者登録義務化”
“年間収益100万円以上は本人確認強化”
“複数拠点同時配信の事前申請”
七瀬が呟く。
「……ピンポイント」
トウマが通話越しに言う。
「分散対策です」
国家の男が淡々と補足する。
「形式上は全体規制。しかし実質は影響力層を狙っています」
零が鼻で笑う。
「合法的に締め上げるってわけか」
七瀬は沈黙する。
違法ではない。
暴力でもない。
ただ、手続き。
だが、その手続きが重い。
登録にはマイナンバー、住所公開、定期報告。
違反時は罰金。
悪質と判断されれば配信停止命令。
Latticeは即座に声明を出す。
《自由な表現を守る》
だが同時に、現実的な一文。
《法令には従います》
トウマが言う。
「プラットフォームは抗えません」
「従わなかったら?」
「閉鎖です」
零が七瀬を見る。
「どうする」
七瀬は天井を見上げる。
揺れを守るために分散した。
だが、法は分散も包囲する。
「登録、する?」
トウマが即答しない。
「登録すれば、守られる部分もあります」
国家の男が頷く。
「合法圏内に入ることは、防御になります」
「でも」
七瀬の声が低くなる。
「管理される」
沈黙。
夜。
七瀬は一人で配信をつける。
三つ同時。
視聴者は三十万弱。
「ニュース、見たよね」
コメントが荒れる。
《圧力だ》 《終わりか?》 《登録しないで》
七瀬は深呼吸する。
「正直、迷ってる」
素直に言う。
「守るには、入るしかないのかも」
同時に、別のコメント。
《登録しても見る》 《ここにいる》
揺れは消えていない。
だが、不安は増幅する。
トウマも別枠で配信を始める。
彼の口調は静かだ。
「法は秩序です」
一拍。
「しかし、秩序は力の延長でもある」
同接は二十万。
彼の視聴者は理屈を求める。
「登録は降伏か?」
コメントが流れる。
《妥協だ》 《戦略だ》
トウマは目を閉じる。
「降伏ではない」
一拍。
「だが、自由の縮小ではある」
翌日。
主流プラットフォームは即座に新制度対応を発表。
《安心安全のために全面協力》
広告主が戻り始める。
株価は上昇。
国家の男が画面を見せる。
「市場は歓迎しています」
零が舌打ちする。
「金は正直だな」
七瀬は小さく笑う。
「生活も正直だよ」
収益は既に半減以下。
登録すれば企業案件は復活する可能性。
しなければ、罰金リスク。
数日後。
七瀬の自宅ポストに封書。
“登録案内通知”
名指し。
トウマの元にも同様。
国家の男が言う。
「監視対象です」
零が問う。
「拒否したら?」
「警告。次に罰金。最終的には刑事罰の可能性」
静かに、詰んでいく。
夜。
四人が集まる。
テーブルの上に通知書。
七瀬が言う。
「逃げる?」
トウマが首を振る。
「海外?」
国家の男が答える。
「物理移動では解決しません。国際連携が進んでいます」
零が笑う。
「世界も管理か」
七瀬は目を伏せる。
「揺れってさ」
一拍。
「違法じゃないよね」
トウマが静かに言う。
「違法ではありません」
「じゃあなんで縛るの」
国家の男が答える。
「予測不能だからです」
部屋が静まる。
揺れは暴力ではない。
だが、構造にとってはノイズ。
予測不能は、恐怖。
翌朝。
七瀬は配信を始める。
「決めた」
視聴者が一斉に集まる。
三十五万。
「登録、する」
一瞬、コメントが止まる。
そして爆発。
《裏切り?》 《現実だ》 《続けてくれるなら》
七瀬は続ける。
「でも、全部は渡さない」
トウマが別画面で頷く。
「合法圏内で、限界まで揺らす」
国家の男が補足する。
「法の範囲で最大化する」
零が笑う。
「グレーは攻めるんだな」
七瀬がカメラを見る。
「終わらないための選択」
一拍。
「自由は、ゼロか百じゃない」
登録フォームに入力する。
名前。
住所。
身分証。
送信。
画面に表示。
《申請受理》
同時に、主流プラットフォームから通知。
《認証配信者バッジ付与》
七瀬の名前の横に、青いマーク。
視聴者がざわめく。
《公式になった》 《皮肉》
トウマの画面にも同じ印。
国家の男が小さく呟く。
「構造は取り込みます」
零が答える。
「でも、完全には飲み込めない」
七瀬は笑う。
「中から揺らす」
主流と分散。
両方で同時配信。
合法。
認証済み。
だが内容は変わらない。
「管理の話、続けようか」
同接は一気に四十万へ。
戻ってきた視聴者。
新規も増える。
構造は彼女を囲った。
だが、声は消えていない。
国家の男が最後に言う。
「法は網です」
一拍。
「しかし網は、水を完全には止められない」
七瀬が笑う。
「じゃあ、流れよう」
合法の枠内で。
限界まで。
次章。
“法”の次は――
“世論”。
合法でも、潰せる。
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