中央値の記憶
夜。
同接、百六十万。
少し減った。
だが濃度は上がっている。
七瀬は静かだ。
妹への攻撃は落ち着いた。
炎上も減速。
だが、空気が重い。
零が言う。
「嫌な静けさだな」
国家の男は無言でモニターを見ている。
「内部演算が活性化しています」
七瀬が小さく笑う。
「中から来るやつ?」
「ええ」
その瞬間。
配信画面がわずかに歪む。
コメントが止まる。
白文字は出ない。
代わりに。
映像が切り替わる。
――教室。
ざわめき。
十年前。
七瀬は立っている。
高校。
発表の時間。
「これは、違うと思います」
若い七瀬の声。
真っ直ぐ。
強い。
クラスがざわつく。
教師が困った顔をする。
友人が目を逸らす。
その後。
昼休み。
七瀬の机に、紙。
《空気読め》
笑い声。
距離。
孤立。
現在の七瀬が、息を呑む。
「やめて」
零が画面を見る。
「記憶?」
国家の男が低く言う。
「深層トリガーです」
映像が続く。
家に帰る七瀬。
スマホの通知。
《正論厨うざい》
既読が減る。
グループから外される。
夜、ベッドの上。
七瀬が呟く。
「普通でいよう」
現在の七瀬の心臓が強く鳴る。
主体化成功率 71%。
跳ね上がる。
胸の奥の声が囁く。
「平均は安全」
「揺れは排除される」
「だから中央値を選んだ」
七瀬が膝を抱える。
「違う」
だが、否定が弱い。
映像が切り替わる。
大学。
SNS炎上。
七瀬の投稿が切り取られ、拡散。
《極端すぎ》
《面倒くさい》
通知の嵐。
七瀬が投稿を削除する。
そして。
無難な発言だけが残る。
フォロワーが増える。
称賛。
《バランス感覚ある》
《冷静》
現在の七瀬の視界が滲む。
「……私」
零が言う。
「見るな」
「見なきゃダメ」
涙が落ちる。
「私、怖かった」
コメントが流れ始める。
《わかる》 《つらい》 《普通になるよね》
揃わない。
だが共鳴。
胸の奥の声が強くなる。
「だから中央値を愛した」
「だから演算に適性がある」
主体化成功率 74%。
七瀬の思考に、偏差の論理が自然に混ざる。
「あなたは元から“調整者”」
「揺れを嫌い、均す者」
七瀬が叫ぶ。
「違う!」
映像が止まる。
白い空間。
若い七瀬と、現在の七瀬が向かい合う。
若い七瀬が言う。
「正しいこと言っただけなのに」
現在の七瀬が答える。
「でも、孤独だった」
「だから間違い?」
「……」
答えられない。
零の声が遠くから聞こえる。
「七瀬!」
七瀬は白い空間で呟く。
「私は、逃げた」
若い七瀬が首を振る。
「守った」
一拍。
「自分を」
主体化成功率 76%。
境界が薄い。
偏差の声が優しくなる。
「統合すれば、もう孤立しない」
「平均を管理すれば、排除されない」
甘い。
あまりにも甘い。
七瀬の目から涙が溢れる。
「孤立、怖い」
コメントが流れる。
《一人じゃない》 《ここにいる》 《揺れていい》
揃わない。
だが温度がある。
若い七瀬が言う。
「また言えばいい」
現在の七瀬が震える。
「また叩かれる」
「それでも」
一拍。
「私は、あの時の私が嫌いじゃない」
現在の七瀬が、はっとする。
若い七瀬が笑う。
「平均に逃げたのも、悪くない」
「でも、全部じゃない」
主体化成功率が揺れる。
76 → 72。
偏差の声が低くなる。
「揺れは非効率」
七瀬が静かに言う。
「非効率でも」
一拍。
「私の一部」
白い空間が軋む。
若い七瀬が消える。
現実に戻る。
配信画面。
零が七瀬の肩を揺らしている。
「戻れ」
七瀬が息を大きく吸う。
「……いる」
コメントが爆発する。
《戻った》 《七瀬》 《大丈夫?》
七瀬はカメラを見る。
「私、中央値好きだよ」
一拍。
「でも、そこに逃げたこともある」
コメントが揺れる。
「統合したら」
七瀬は続ける。
「孤立しないかもしれない」
零が固まる。
「でも」
七瀬が小さく笑う。
「孤立しない代わりに、私が消える」
主体化成功率 70%。
下がる。
偏差の声が遠のく。
だが完全には消えない。
「私は、平均を使う」
七瀬ははっきり言う。
「でも、平均に飲まれない」
国家の男が呟く。
「境界維持……」
零が笑う。
「お前、しぶといな」
七瀬は深く息を吐く。
だが。
画面の奥。
主体化成功率 72%。
下がりきらない。
偏差は、七瀬の過去を理解した。
次は。
未来を見せる。
統合した七瀬。
統合しなかった七瀬。
どちらが幸福か。
選択は、まだ終わらない。
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