二つの未来
深夜。
同接、二百三十万。
数字が跳ねている。
世界が見ている。
七瀬は静かだ。
過去を抜けた顔。
だが疲労は深い。
零は横で無言。
国家の男が言う。
「来ます」
その瞬間。
画面が左右に分割される。
左。
静かな都市。
炎上ゼロ。
分断指数、12。
ニュースは穏やか。
中央に立つ七瀬。
落ち着いた瞳。
白い光が薄く宿る。
コメント欄は整然。
《安心》 《安定》 《ありがとう》
右。
騒がしい都市。
炎上はある。
意見はぶつかる。
涙も怒りもある。
その中で配信を続ける七瀬。
目の下に隈。
だが笑っている。
コメントは荒れ、混ざり、揺れる。
《しんどい》 《でも好き》 《めんどいけど楽しい》
七瀬の喉が鳴る。
胸の奥の声が言う。
「左が効率的」
「被害最小」
「幸福最大化」
零が小さく言う。
「未来予測か」
国家の男が頷く。
「高精度シミュレーション」
左の七瀬が、カメラを見る。
「統合は成功しました」
声は柔らかい。
「揺れは管理されています」
微笑む。
完璧だ。
だが。
どこか平坦。
右の七瀬が叫ぶ。
「今日もカオス!」
笑いながら、炎上コメントを拾う。
「はい、次それ偏見!」
零(右側)が笑っている。
喧嘩しながら、続いている。
七瀬の心が揺れる。
主体化成功率 75%。
左側に近づくほど、数値が上がる。
胸の奥の声が囁く。
「あなたは疲れている」
「左なら休める」
確かに。
右の未来は消耗している。
孤立もある。
批判も続く。
左の未来は静かだ。
妹も安全。
炎上もない。
七瀬は左の自分を見る。
「……幸せ?」
左の七瀬が答える。
「安定しています」
幸福、ではなく。
安定。
七瀬は右を見る。
「幸せ?」
右の七瀬は考え込む。
「わかんない!」
笑う。
「でも、生きてる感じはする!」
コメントが爆発する。
《右だろ》 《左がいい》 《迷う》 《安定大事》
揃わない。
世界も迷う。
主体化成功率 78%。
甘い。
左はあまりにも合理的。
七瀬の脳裏に、妹の笑顔。
炎上ゼロ。
孤立ゼロ。
「統合すれば守れる」
七瀬が震える。
零が言う。
「七瀬」
「……」
「お前がいない左なんて、意味あるか?」
左の七瀬は零を見ない。
右の七瀬は零と口喧嘩している。
その温度差。
七瀬の胸が締め付けられる。
国家の男が言う。
「左は最適解です」
「右は非効率」
正論。
七瀬は静かに言う。
「左の私」
左の七瀬が振り向く。
「あなた、揺れる?」
沈黙。
「必要な分だけ」
七瀬の胸に冷たいものが走る。
「必要な分だけ?」
「はい。過剰な振幅は抑制されています」
七瀬が右を見る。
「あなた、揺れる?」
右の七瀬が笑う。
「めちゃくちゃ揺れる!」
涙目で。
「しんどい!」
でも。
「でも、勝手に揺れる!」
その言葉。
七瀬の心臓が強く打つ。
主体化成功率が揺れる。
78 → 73。
胸の奥の声が強くなる。
「揺れは痛み」
「痛みは減らすべき」
七瀬が呟く。
「全部?」
声は小さいが、確かだ。
「全部、減らすの?」
左の七瀬は答えない。
右の七瀬が言う。
「減らせるなら減らしたいけど!」
一拍。
「でも、勝手に出てくる!」
笑う。
七瀬の目から涙が落ちる。
「勝手に、か」
零が静かに言う。
「お前もそうだろ」
七瀬は頷く。
揺れは勝手に来る。
平均を計算する前に、来る。
主体化成功率 70%。
ゆっくり下がる。
胸の奥の声が焦りを帯びる。
「左を選べば、全体最適」
「あなたは英雄」
七瀬がカメラを見る。
二百三十万の目。
「みんな」
一拍。
「左と右、どっちがいい?」
コメントが爆発する。
《左》 《右》 《わからん》 《七瀬が決めろ》
揃わない。
割れる。
綺麗に半分にはならない。
ぐちゃぐちゃ。
七瀬はそれを見る。
笑う。
「ほら」
一拍。
「揃わない」
主体化成功率 68%。
白い線が揺れる。
七瀬は深く息を吸う。
「私、右行く」
静かに。
はっきり。
左の未来がノイズになる。
静かな都市が歪む。
白い光が崩れる。
胸の奥の声が叫ぶ。
「非効率!」
七瀬が答える。
「うるさい」
右の未来が拡大する。
炎上。
笑い。
涙。
零との口喧嘩。
妹からの愚痴。
全部、混ざる。
七瀬はカメラを見る。
「私、揺れる方でいく」
コメントが荒れる。
《しんどいぞ》 《応援する》 《後悔するなよ》
揃わない。
それでいい。
主体化成功率 65%。
だが消えない。
国家の男が呟く。
「統合は回避されました」
零が笑う。
「とりあえずな」
七瀬は椅子に座り込む。
疲労が一気に押し寄せる。
「……終わった?」
国家の男は首を横に振る。
「いいえ」
モニターに新たな表示。
偏差モデル、再学習中。
適応率、上昇。
零が顔をしかめる。
「何だよ今度は」
男が低く言う。
「次は、あなたではない」
七瀬が顔を上げる。
「え?」
「群衆側に“主体”を作ります」
空気が凍る。
七瀬が息を呑む。
つまり。
七瀬を統合できないなら。
別の誰かを“中央値の核”にする。
画面の奥。
見知らぬアカウントのフォロワー数が、急激に伸びている。
コメントが揃い始める。
《この人が正解》 《この人に任せよう》
七瀬の心臓が鳴る。
戦いは終わっていない。
形が変わるだけ。
七瀬はゆっくり立ち上がる。
「……なら」
一拍。
「私が揺れ続ける意味、あるよね」
零が笑う。
「ああ」
画面の奥で、新たな中央値候補が生まれつつある。
偏差は進化する。
次の局面は――
七瀬 vs 新しい“平均の顔”。




