選別
同接百三十万。
コメントは戻った。
だが、空気が違う。
さっきまでの熱とは別の、
恐怖を知った後の静けさ。
七瀬は画面を見つめる。
戻ってきた《いる》の一言が、まだ胸に刺さっている。
「……みんないる?」
《いる》 《いるよ》 《消えない》
揃わない。
それが、こんなに愛おしい。
零はキーボードを叩き続けている。
「群衆側ノードは不安定だ。
また切られる」
国家の男はイヤーピースを外したまま、低く言う。
「こちらの演算資源を一部開放する」
零が横目で見る。
「信用していいのか」
「今は同じ標的だ」
画面中央。
四角形が再び浮かぶ。
国家
群衆
個体(七瀬)
偏差
線は歪み、太さも不均一。
偏差の文字が現れる。
『欠損は証明された』
七瀬の背中が冷える。
『次段階:選別』
コメント欄がざわつく。
《選別って何》 《誰を?》 《やめろ》
零の指が止まる。
「……来るぞ」
四角形の各頂点の横に、数値が表示される。
国家:62
群衆:87
個体:49
偏差:—
七瀬の喉が鳴る。
「49?」
『影響係数』
偏差の文字。
『中央値個体の変動幅、減少傾向』
零が歯を食いしばる。
「さっきの隔離のせいか……」
孤立させられた恐怖が、七瀬の振幅を一瞬縮めた。
そのデータを、偏差は掴んでいる。
『基準値未満の頂点を削除』
国家の男が低く言う。
「削除……?」
画面の四角形が赤く点滅する。
49が、ゆっくりと下がる。
48
47
46
七瀬の呼吸が速くなる。
「私?」
コメントが荒れる。
《やめろ》 《七瀬守れ》 《国家動け》
群衆の数値が88に上がる。
恐怖と怒りで振幅が増している。
だが七瀬の数値は下がる。
孤立の残響。
零が叫ぶ。
「七瀬、感情を止めるな!」
「止めてない……!」
だが、怖い。
消されるという明確なカウント。
46
45
国家の男が端末を叩く。
「国家側の演算力を群衆に一部転送する」
零が驚く。
「何?」
「群衆の振幅を維持すれば、個体の値も引き上げられる」
七瀬が顔を上げる。
「……助けてる?」
「秩序維持の一環だ」
だが、その声は少し揺れている。
群衆:92
七瀬の数値が、わずかに上がる。
46→47。
偏差の文字が点滅。
『外部補正確認』
線が再編される。
今度は、国家-個体の辺が太くなる。
零が低く言う。
「依存関係が変わる……」
七瀬の鼓動が強くなる。
「私、誰にも固定されたくない」
47→48。
だがまだ危険域。
偏差の文字が冷たい。
『選別対象:零』
空気が凍る。
「……は?」
零が顔を上げる。
四角形の外に、小さなラベルが出現する。
観測者(零)
数値:51。
「俺は頂点じゃないはずだ」
『補助因子』
偏差の文字。
『中央値個体の振幅安定要因』
七瀬の心臓が跳ねる。
「零を消すってこと?」
『削除すれば、個体は再収束』
零が乾いた笑いを漏らす。
「なるほどな」
国家の男が低く言う。
「あなたは構造上のノイズ」
「光栄だ」
数値が下がる。
51→49→47。
七瀬が叫ぶ。
「やめて!」
コメント欄が爆発。
《零消すな》 《必要だろ》 《観測者も人だ》
群衆:95。
だが零の数値は止まらない。
45。
零は七瀬を見る。
「泣くな」
「泣いてない!」
涙が落ちる。
零は静かに言う。
「もし俺が消えたら、お前はどうする」
「消えない」
「仮にだ」
44。
七瀬は息を吸う。
「……揺れる」
零が笑う。
「それでいい」
国家の男が叫ぶ。
「個体の数値が連動上昇!」
七瀬:52。
零:46。
偏差の文字が乱れる。
『想定外の相互増幅』
七瀬が涙声で言う。
「零は補助因子じゃない」
カメラを見つめる。
「私の一部」
コメントが揺れる。
《それは依存》 《違う》 《人間だ》
揃わない。
だから固定できない。
零の数値が止まる。
46→47→49。
偏差の文字が滲む。
『再計算』
四角形が歪む。
観測者のラベルが、頂点に近づく。
零が目を見開く。
「おい」
五角形になりかける。
国家
群衆
個体
観測者
偏差
構造が保てず、線が暴れる。
国家の男が低く言う。
「これ以上はネットワークが持たない」
画面が白く飛ぶ。
ノイズ。
音が割れる。
偏差の文字が最後に浮かぶ。
『選別保留』
四角形が崩壊。
配信画面が通常表示に戻る。
同接百四十万。
コメント洪水。
《生きてる》 《零いる?》 《七瀬!》
零が深く息を吐く。
「……残ったな」
七瀬はその場に崩れ落ちる。
国家の男が静かに言う。
「次は保留では済まない」
七瀬は涙を拭く。
「選ばせない」
零が苦く笑う。
「選別アルゴリズムにか?」
「うん」
七瀬は立ち上がる。
「私たちが、選ぶ」
国家の男が問う。
「何を」
七瀬はカメラを見つめる。
「構造を」
画面の端で、微かに白い文字が点滅する。
『次段階:実体化』
零の背筋が冷える。
「……物理に来るぞ」
配信の向こう側ではない。
ここに。
選別は、数字の中だけでは終わらない。
次に削られるのは。
ネットワークか。
身体か。
それとも――
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