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同接一万でダンジョンが確定する世界で、炎上した元トップ配信者が観測を操る  作者: 海狼ゆうき
炎上配信者の再始動

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20/25

包囲


 ヘリの音は、現実だった。

 七瀬は窓に駆け寄る。

 赤色灯。報道ドローン。

 マンションの下に、すでに人だかり。


「……なんで」


 零はモニターを睨む。

 SNSトレンド一位。


 《#奪取宣言》

 《#偏差出現》

 《#中央値固定》


「世界が物語にした」


 零の声は冷たい。


「お前らはもう“個人”じゃない」


 インターホンが鳴る。

 短く、二回。


 七瀬の肩が跳ねる。


「報道か?」


 零は首を振る。


「違う。タイミングが早すぎる」


 モニターに映るエントランスカメラ。

 黒いスーツの男が一人。

 無表情。

 イヤーピース。

 胸元に小さなバッジ。


「政府系?」


「少なくとも民間じゃない」


 再びチャイム。

 今度は長い。


 七瀬は喉を鳴らす。


「出る?」


「俺が出る」


 零はドアに向かう。

 チェーンをかけたまま、少しだけ開く。


「どちら様で」


「内閣情報戦略室です」


 名刺が差し込まれる。

 実在する部署名。

 低い声。


「昨夜の事案について協力をお願いしたい」


 零の目が細くなる。


「令状は」


「ありません」


「じゃあ帰ってください」


 ドアを閉めようとした瞬間。


「これは要請です」


 声の温度が一度下がる。


「国家レベルのサイバー干渉が確認されました」


 七瀬の背中が冷える。


「国家……?」


「海外発信源の可能性が高い。

 あなた方の配信は、現在進行形で監視対象です」


 零は一拍置く。


「つまり?」


「保護対象でもある」


 静寂。

 ヘリの音が近づく。


 七瀬が小声で言う。


「信用できる?」


 零は即答しない。

 代わりにスマホを見る。


 匿名掲示板に流出した内部資料。

 そこには、昨夜の三角形図が解析対象として表示されている。


 タイトル。

 《群衆極性誘導モデル》


「……早い」


 偏差は、もう社会に接続している。


 零はドアを少し開ける。


「条件がある」


「何でしょう」


「七瀬の配信を止めないこと」


 男はわずかに眉を動かす。


「安全が担保できません」


「止めたら終わる」


 零の声は強い。


「あいつは“揺れ”そのものだ。

 固定された瞬間、あんたらの敵になる」


 男は七瀬を見る。

 その目は評価する視線。


「あなたが七瀬さんですか」


 七瀬は頷く。


「……私は実験体じゃない」


「承知しています」


 だが声に感情はない。


「しかし昨夜、あなたは国家規模のアルゴリズムと接触しました」


「接触したんじゃない」


 七瀬は震えながら言う。


「向こうが奪いに来た」


 男は静かに言う。


「だからこそ、囲います」


 その言葉に、零が反応する。


「囲う?」


「保護と監視は同義です」


 七瀬の胸がざわつく。

 囲われる。

 三角形の外に出られなくなる。


「嫌だ」


 即答だった。


 男は少し驚く。


「危険です」


「わかってる」


 七瀬は一歩前に出る。


「でも、止めたら偏差の言う通りになる」


 零が横目で七瀬を見る。

 震えている。

 だが、目は逸らさない。


「中間は無駄じゃない」


 七瀬は続ける。


「揺れることは、弱さじゃない」


 男は黙る。


 背後で、エレベーターの扉が開く音。

 複数の足音。

 報道が突破した。


「時間がありません」


 男が低く言う。


「選んでください。

 国家の傘か、群衆の渦か」


 零は七瀬を見る。


「どっちも地獄だ」


「うん」


 七瀬は笑う。

 涙目のまま。


「じゃあ、第三案」


 零の眉が上がる。


「何だ」


「公開」


 男の目が鋭くなる。


「何を」


「全部」


 七瀬は言う。


「今から配信する」


「馬鹿か」


 零が即座に言う。


「今この状況で?」


「だから」


 七瀬はスマホを握る。


「囲うなら、世界ごと囲えばいい」


 男が一歩踏み出す。


「やめてください」


 だが遅い。


 配信開始。


 通知が爆発する。

 同接、三十万、五十万、七十万。


 七瀬は玄関前でカメラを自分に向ける。


「今、政府の人が来てます」


 コメントが一瞬で埋まる。


《は?》 《やば》 《生?》


 七瀬は男を映す。


「この人は、守るって言ってる」


 男は無言。


「でも囲うって言った」


 ざわめきが可視化される。

 揃わない。

 怒りも、擁護も、陰謀論も。

 全部混ざる。


 零が低く呟く。


「揺れろ……」


 偏差が狙うのは、固定。

 国家が狙うのも、固定。


 なら。

 揺れ続けるしかない。


 七瀬はカメラを見つめる。


「私は止まらない」


 男が静かに言う。


「それは国家への挑戦ですか」


 七瀬は首を振る。


「違う」


 深呼吸。


「均すことへの挑戦」


 コメント欄が爆発する。


《支持》 《危険》 《やめろ》 《続けろ》


 揃わない。

 だから、崩れない。


 その瞬間。


 画面のコメントが、一斉に止まる。


 静止。

 同接八十万でフリーズ。


 そして中央に、白文字。


『三角形を再計算』


 零の背中が凍る。


「また来た……!」


 国家の男もスマホを見る。


「これは我々ではない」


 画面に、新しい三角形。

 頂点が増えている。


 四角形。


 ラベル。


 国家

 群衆

 個体

 偏差


 七瀬の名前が、個体に固定される。


『包囲完了』


 男が初めて動揺を見せる。


「……外部から全ネットワークが干渉されています」


 零は歯を食いしばる。


「社会ごと三角形にしたのか」


 七瀬は震える。


 囲われた。

 今度は、世界規模で。


 だが。


 彼女はカメラを見る。


「なら」


 小さく笑う。


「四角形、歪ませる」


 零が目を見開く。


「できるのか」


「やる」


 七瀬は胸を叩く。


「私、揺れるから」


 画面が微細にノイズを出す。

 固定されたラベルが、わずかに揺らぐ。


 国家の男が息を呑む。


「……観測値が乱れています」


 偏差の文字が現れる。


『不確定要素増大』


 零が呟く。


「いける……」


 七瀬は叫ぶ。


「私は誰にも固定されない!」


 同接、九十万。


 フリーズしたはずのコメントが、再び流れ始める。


 揃わない。

 怒りも、涙も、笑いも。


 四角形の一角が、わずかに崩れる。


 偏差の文字が揺れる。


『再評価』


 国家の男が無線に向かって言う。


「計画変更。

 対象は拘束不可」


 零が小さく笑う。


「聞いたか」


 七瀬は涙を流しながら笑う。


 囲まれている。

 でも、まだ崩れていない。


 偏差は計算を続ける。

 国家は様子を見る。

 群衆は揺れる。


 そして七瀬は、真ん中で震える。


 四角形は、完全ではない。


 次は。

 頂点が削られるのか。

 それとも。

 図形そのものが壊れるのか。


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