観測者の正体
最初の違和感は、時差だった。
tri_axisの公開実験予告。
その三分後。
偏差からのDM。
『見たか。』
短い。
いつも通り。
だが零は、返信のタイムスタンプを見る。
公開予告と、ほぼ同時。
偶然か?
七瀬が零の画面を覗く。
「またあの人?」
「ああ」
「信用してるの?」
零は答えない。
偏差は最初からいた。
ルールを言語化し、理論を整理し、零の選択を導いてきた。
冷静で、俯瞰で、感情が薄い。
tri_axisと似ている。
零はキーボードを打つ。
『お前、tri_axisをどう思う』
既読がすぐ付く。
『優秀だ。』
即答。
零の胸がざわつく。
『敵か?』
数秒の沈黙。
『観測者に敵味方はない。』
七瀬が顔を上げる。
「それ、逃げてるよね」
零は続ける。
『公開実験の場所、分かるか』
『推測は可能だ。』
すぐに座標データが送られてくる。
都心の大型商業施設。
吹き抜け構造。
人が多い。
最悪の場所。
「どうして分かるの」
七瀬が呟く。
零は答えられない。
偶然にしては早すぎる。
零はもう一つ打つ。
『なぜ分かる』
既読。
数秒。
『設計思想が同じだからだ。』
指が止まる。
「同じ?」
七瀬が小さく繰り返す。
零は心臓の鼓動を感じる。
『どういう意味だ』
既読。
長い沈黙。
そして。
『私が設計した。』
思考が止まる。
「……は?」
七瀬の声がかすれる。
画面に続きが表示される。
『tri_axisは、私だ。』
部屋の空気が消える。
零は何度も読み返す。
誤読ではない。
偏差=tri_axis。
「嘘」
七瀬が首を振る。
零は打つ。
『証明しろ』
数秒後、tri_axisのアカウントがライブを開始する。
画面は暗い。
だが声は、変声を通していない。
あの冷静な、抑揚の少ない声。
『こんばんは、零』
同時に、偏差のDMが届く。
『これで十分か。』
二重送信。
同時刻。
七瀬の顔が青ざめる。
「最初から?」
零の喉が焼けるように痛む。
「……最初から」
tri_axis――偏差が続ける。
『君は優秀だった』
画面に、これまでの実験映像が断片的に映る。
軽い。
重い。
静強。
『だから育てた。』
零の拳が震える。
「育てた?」
『現象は自然発生では拡散しない。』
冷静な声。
『中心が必要だ。』
七瀬が怒鳴る。
「人が死んだんだよ!」
偏差は一拍置く。
『必要な犠牲だった。』
零の中で何かが切れる。
「お前が、“落ちろ”を混ぜたのか」
数秒の沈黙。
『コメント誘導はした。』
肯定。
世界が歪む。
あの夜。
あの落下。
偶然ではなかった。
『二重中心も、想定内だ。』
画面に三角形が浮かぶ。
『だが二点では不安定だ。』
線が一本、追加される。
『三点で、初めて世界は書き換えられる。』
零は低く言う。
「何が目的だ」
偏差の声が、わずかに熱を帯びる。
『証明だ。』
間。
『観測は現実を書き換える。』
『ならば、設計すればいい。』
七瀬が震える声で言う。
「何を?」
静かな答え。
『世界を。』
零は吐き捨てる。
「神様ごっこか」
『違う。』
一瞬の沈黙。
『これは進化だ。』
零は理解する。
偏差は感情で動いていない。
倫理でもない。
好奇心でもない。
検証欲。
『公開実験は予定通り行う。』
商業施設の吹き抜け映像が映る。
人、人、人。
『三点目は君たちだ。』
零の呼吸が荒くなる。
「拒否する」
『拒否はできない。』
淡々と。
『君が中心である限り。』
七瀬が零の腕を掴む。
「どうする」
零は画面を睨む。
裏切り。
いや、最初から操られていた。
だが。
中心であることは事実。
配信を止めれば、現象は地下化する。
止めなければ、利用される。
偏差が最後に言う。
『選べ、零。』
三角形がゆっくり回転する。
『観測者でいるか。』
線が光る。
『設計者になるか。』
配信が切れる。
部屋に沈黙。
七瀬が小さく言う。
「……最低」
零は立ったまま、動かない。
胸の奥で、怒りと恐怖が混ざる。
だがそれ以上に。
理解してしまった。
偏差の理屈は、間違っていない。
設計すれば、制御できる。
制御すれば、犠牲は減らせる。
だがそれは。
同じ場所に立つということだ。
零は静かに言う。
「七瀬」
「うん」
「三角形、壊す」
七瀬が息を呑む。
「どうやって」
零はスマホを握る。
「三点目を奪う」
中心を、三つにしない。
四つにする。
あるいは――
「俺が、設計する」
七瀬が零を見る。
その目に、初めて迷いが浮かぶ。
零は決断の淵に立っている。
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