ポーランド侵攻 9
ポーランド共和国 ブジェシチ市(ブレスト市)
「大統領。もはや継戦は不可能です」
元帥は絞り出す様にしてその言葉を告げた。
「そうか、、、これまで、、、か」
モシチツキ大統領は力なくそう言って元帥の言葉を受け入れた。
受け入れざるを得なかった。
『何を軍はしているのだ!』と叱責したい気持ちも大統領には勿論あった。
だが当初の目論見とあまりにも違う外交環境と、なにより予想より遥かに強大なドイツ軍の威容を前に大統領は何も言えなかったのだった。
「・・・ルーマニア回廊での持久は無理なのですか?」
外務大臣が言いにくそうに発言する。
「大臣。可能か不可能かと言えば出来る。だが英仏の援助がなければそれは作戦などではなくただの悪あがきだ。」
元帥が疲れた顔でそう言う。
そして続けて口を開く。
「大臣。我が軍の将兵はよく戦ってくれている。市民達も勇敢だ。今もいくつかの都市は前線の向こうに置き去りにされたにも関わらず頑強に抵抗している。だがそれもこれも援軍が来ると思っているからだ」
そう言葉を続けた元帥が一枚の写真を机に置いた。
「大臣。君もこれを見た事あるだろう。もはやこの戦争には前線・銃後の区別などない。持久しようにも持久を支える為の後方が存在しないのだ」
「・・・・」
元帥にそういわれては外務大臣も黙り込むしかなかった。
国内事情については職務領域ではない大臣ではあったが、そんな大臣の耳にもドイツ軍爆撃機の示威飛行の件は入っていた。
未だかつて見たことないほどの大型爆撃機が何十機も編隊を組んで都市の上を飛行したのだ。
それも大都市上空だけでなくご丁寧に村に毛が生えた程度の小都市もくまなくだ。
そしてとどめは件の手紙爆弾だ。
前大戦のような前線がなかなか動かない、ひいては戦禍はまだまだ遠いものと考えていた市民に厭戦気分が広がるのも無理がないことだった。
それどころか自らの故郷の街が既に危険にさらされているという事実は、前線の兵士の士気にも無視できない影響を与えていた。
「致し方あるまい・・・。これ以上悪戯に軍を損耗し国土を痛めつけても我が国が貧乏くじを引くだけだ。元帥、全軍に可能な者は中立国への脱出を、それが不可能な者は降伏を許可したまえ。」
沈黙を掻き分けるようにして、大統領は元帥に告げた。
そして一呼吸おいてこの場に居並ぶ閣僚に向けて口を開いた。
「諸君、我々はこれ以上の国土、国民を失わないためにポーランド国内での軍事行動は終結させる。ただしポーランド共和国としてドイツに降伏はしない。ロンドンに政府機能を移し、国外から戦いを継続する。」
(詭弁じみてはいる。詭弁じみてはいるがこれが今できる最善だ)
『我々は戦いを継続するのだ』とモシチツキは周囲と、そして自らに言い聞かせるよう繰り返しそういうのであった。
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1939年10月初旬ポーランド政府は事実上の降伏をした。
ただしこの事実上の降伏は、非常に曖昧な表現・状況の中で行われおりポーランド側、ドイツ側双方に混乱をもたらすこととなった。
国内での組織だった戦闘の中止を軍と各都市にポーランド政府は通告したわけだが、それはそれぞれの司令官・市長に行動の判断を委ねる事を意味した。
もはや敵軍はおろか自軍の配置すら全貌の把握が出来ないポーランド政府はその様な漠然とした指令しか出しようがなかったのだ。
その結果、国境付近を目指して進軍する部隊、降伏する部隊、抵抗を継続する部隊と敵側のドイツとしても『目の前の敵部隊がどうするつもりか分からない』という戦場の混迷をいたずらに深めることとなってしまったのだった。
後世においてこの時のポーランド政府の曖昧な態度は、『いたずらに状況を複雑化させ、無用な犠牲を増やした』と批判的に語られることが多い。
だが英仏を敵にまわしたドイツは最終的に敗北すると考えるのが当時の一般的な見解であったし、『国家としては降伏をしない』というのは戦後の和平交渉を見据える中でポーランドが英仏と連帯する為に必要なことでもあった。
その為この当時のポーランド首脳部の判断は致し方ないものだったと述べる研究者も少なくないのもまた事実である。
そして『大型爆撃機に示威』というのはポーランド戦役以降、ドイツ軍とルフトバッフェの常套戦術となる。
この重爆撃機のある種『牧歌的な使い方』はかの悪評高い『英国上空の戦い』まで続くのであった。




