0 賽は投げられた 3
「海軍は事前の御命令の通り艦艇の展開と呼び戻しを完了しております。海軍も準備出来ております」
俺の問いにレーダー提督が端的に答えた。
無口な提督らしく、率直な物言いだ。
「それはよろしい。水上艦は当分港で待機だ。艦隊保全主義をしばらくは体現しようではないか」
ライヒは陸軍国だ。
しかもつい数年前に再軍備を開始したばかりだ。
そしてさらに言うと水上艦整備の優先度は低い。
とまぁ、色々と言い訳はあるが端的に言うとライヒ海軍は弱い。
なんせ主力艦と数えられる戦力となると、シャルンホルスト級戦艦2隻とヒッパー級重巡洋艦が2隻くらいしかない。
一応ヒッパー級重巡洋艦はさらに数隻建造中であり、ツェッペリン級軽空母も建造中ではあるが就役はまだまだ先のことだ。
とてもじゃないがロイヤルネイビーとかち合う訳にいかない、出会い頭に殲滅されるのがオチだ。
ロイヤルネイビーが健在なうちは、水上艦はキール軍港から北海に少しばかりの圧をかけるくらいしか出来ないのが実際のところだ。
(まぁ、そのかわり水上艦以外は派手にあばれさせてもらうがな)
当面の間はキール軍港で桟橋を温めるか、バルト海で訓練するくらいしか出来ることがない水上艦隊から潜水艦部隊の方に俺は早々に矛先を変えた。
「デーニッツ提督。潜水艦部隊はどうだ?所定の位置に配備出来ているか?」
「はい、閣下。ご命令の通り各部隊配置についております。作戦海域にすでに60隻展開済みであり、さらに60隻が出航準備中です。」
そう答えるデーニッツ提督は、傍で複雑な表情を浮かべるレーダー提督と対照的に自信に満ちている。
「ふむ、流石はデーニッツだな。水上の制圧が制海権を意味しないことをロイヤルネイビーに教えて差し上げろ」
「はい、閣下。彼らからは高い授業料を頂きましょう」
デーニッツ提督の冗談混じりの回答に、会議室に笑いが広がった。
冗談を言えるくらいの余裕がある海軍の提督の姿に、少し安堵の表情を浮かべる者も多い。
(まぁ、それくらい余裕を持ってもらわんとこっちが困ると言うのが本当のところだがな)
俺は転生してから3年間で出来る限りのことをした。
俺が最善だと考える様々なことをした。
ライヒの国力という限られたリソースの可能な限り効率よく分配し直したつもりだ。
そしてそのリソースの振り分けにおいて、ほぼ第一位の振り分けといっても過言でない配分をしたのが潜水艦隊の整備だ。
ブロック建造方式を可能とするハード面及びソフト面の整備もさることながら、空軍・陸軍ではさほど増やせなかった1939年8月時点での正面装備の拡充も精力的に取り組んだ。
大戦中盤以降は通用しないということも分かった上で、VII型Uボートの大量生産をさせたのだ。
その結果、今現時点でライヒは270隻のUボートを保有しており、そのうち220隻は実戦投入可能な状態であり、更には今年も残るところ4ヶ月あまりだが更に40隻の就役が予定されている。
そして現在投入可能な220隻の内160隻はVII型やIX型といった大型(ライヒ基準でだが)のUボートだ。
史実で何隻のUボートが1939年当時投入可能だったのかは残念ながら俺の頭の中にはないが、大幅に増強できているはずである。
そして初期不良の解決に手間取り、未だに数隻程度のごく少数しか就役していないが『潜水艦』X型も既に完成している。
このX型以降の潜水艦はこれまでの潜水艦とは完全に一線を画している。
VII型やガトー級、伊号潜水艦など攻撃時のみ潜水する『可潜艦』と違い、バッテリー充電時以外は常に潜航している(しかもなんならバッテリー充電時も場合によってはシュノーケル装置で潜望鏡深度で潜航している)本当の意味での『潜水艦』なのだ。
(まぁ、完成系にはまだまだ遠いがな)
高性能モーター及び大容量バッテリーとそれを支える電装系、シュノーケル装置、全水没状態での攻撃を可能とする高性能ソナー及び射撃管制装置。
そのどれをとってもまだまだ未熟で、量産手段も手探りといった有様だ。
それでも間違いなく俗っぽい言い方にはなるが『ゲームチェンジャー』になり得るポテンシャルを秘めた潜水艦だ。
とは言え、これは未来を知っている俺だからこその目線。
X型は間違いなく未来を先取りした艦だが、欠点もある。
一つは重い生産コスト。
大量の電池を積む以上、どうしても艦が大きくなる。
VII型よりも6割ほど大型となっており、それは当然生産コストに直結している。
しかもVII型より厚い鋼板を使用しており、極め付けに完全複殻構造を採用している。
ブロック建造方式を前提とした設計をしているので生産性は悪くないのだが、生産性とコスト(お値段)はまた別の話だ。
X型はVII型の軽く2倍以上のコストがかかるのだ。
しかも水中での機動力は高いが、水上での機動力はVII型に劣る。
これらの特性ゆえに、こと敵が低い対潜能力しか保持していない場合においてX型の作戦効率はVII型に劣ってしまうのだ。
しかも艦砲を搭載していないので敵艦を拿捕することもできない。
それらの理由から海軍からはX型よりもVII型を主力に押す声が大きいくらいだ。
それはデーニッツ達、いわゆるUボート派の提督達も同様だ。
現場の艦長達は自らの命を天秤に載せている都合上、より早く動け、より深く、より長く潜れ生存性に長けるX型を推す者が多いようだが、軍事作戦を数字として捉える立場の上級将校達は机上では作戦効率に勝るVII型を推す者が多いのだ。
(その辺の反対意見は独裁者たるちょび髭の圧で抑え込んでやったがな!)
海軍の提督達もあまり反対して俺がヘソを曲げてしまって『じゃぁ他の軍に金を回すわ!』となるよりかはマシと判断したようで、陸軍などよりは遥かに素直に俺の指示を受け入れた。
その結果、VII型の量産は来年目処で終了し、ハンブルグに新設したブロック生産に最適化するべく設計された新工場でX型の量産が開始される予定だ。
だからデーニッツ提督の自信は何も根拠がないものでもなんでもない。
十分な正面装備の数と補充戦力の見込みから裏付けられた確固たるものだ。
「朗報を期待しているぞ提督」
俺はそういうとデーニッツ提督から視線を外し、会議室に集まったライヒの最高頭脳達をぐるっと見渡す。
自信に満ちた顔、不安を滲ませた顔様々な顔がある。
だが共通するのは静かな熱気だ。
戦争だ。
戦争は悪。
命の奪い合いなどもっての他。
それはそうなのかもしれない。
だが話し合い、交渉では解決しないこともある。
現状を変えるには力を使うしかないこともある。
力での現状変更は認めない。
それは『現状有利な者』にとっての論理だ。
そして今この場には『現状有利な者』に挑戦し、時代を動かそうとする瞬間に立ち会う者達の熱気がそこにあった。
「さて、では諸君。」
その熱気に俺は静かに、だが決定的な最後の一撃を加える。
「作戦開始だ」
俺の一言を受け会議室が沸騰する。
「「「ハイルちょび髭!!!」」」」
ヒムラーやゲーリング達はもちろん、ユンカー出身であることを誇りにし普段は落ち着き払っている将校達も一斉に声をあげていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
1939年9月1日、ライヒ国防軍を構成する3軍は一斉に行動を開始。
2000機を超えるルフトバッフェが一斉に飛行場を飛び立ちポーランドの領空に侵入し、飛行場などの軍事施設や転車場などのインフラ施設への攻撃を開始。
その空軍の飛行機雲を追うようにして2000両を超える戦車を含む、ライヒ陸軍60師団余がポーランド国境を越境。
そして海上では数十隻のUボート部隊が英仏国旗を掲げる商船・戦闘艦に攻撃をしかけるべく静かに潜航を開始。
画して、ヴェルサイユ体制は音を立てて崩れさり、後の世でいうところの第二次世界大戦が幕を上げたのだった。




