25 ドゥーチェの困惑
イタリア王国 頭領官邸にて
「大臣。それは本当なのか?ちょび髭総統は本当に参戦要請は行わないつもりなのか?」
ムッソリーニは外務大臣からの報告に安堵と困惑を感じていた。
「はい、閣下。どうやらちょび髭総統は英仏とポーランドを一国で相手できるつもりなようです」
ドゥーチェにそう答える大臣の声にも困惑の色が混じる。
(ありがたいことではあるが・・・ちょび髭総統は正気なのか)
『ダンツィヒか戦争か』は欧州を、いや全世界を揺るがした。
イタリア王国もその例外ではなかった。
いや、むしろほぼ当事者と言っていい立ち位置に押し上げられていた。
イタリアはつい先日、独日と軍事同盟を結んだところであり英仏から第一級の仮想敵国とみなされている。
事実、動員を開始したフランスはイタリアとの国境付近にも軍を増派。
地中海に駐屯する英国海軍も活動を活発化させているという情報もはいってきていた。
それらの動きを受けてイタリア王国も仕方なく軍の動員を開始。
まったくの想定しない形で軍靴の音が急に近づいてきたのだ。
そんな中、ドイツ外交部からイタリア王国に連絡がきた。
(てっきり参戦要請だと思っていたのだがな・・・)
ムッソリーニを含むイタリア王国首脳部はドイツからの参戦要請を予想していた。
当然だ。
ドイツは一国で英仏波を相手どろうとしているのだ。
同盟国に参戦を求めてくるのは当然の予想だ。
だが、実際にドイツが伝えてきたのは想定外の内容だった。
「即時の参戦は求めない、但しワルシャワとパリに鉄十字が翻った後の飛び入り参加は大いに歓迎する・・・か。凄まじい自信であるな」
ある種のあきれも感じつつムッソリーニはちょび髭総統のスタンスを大臣に確認する。
「はい、閣下。ちょび髭総統は同盟の維持のみを必須として要望していたそうです。参戦はおろか義勇軍、兵器の売却も何も要請しないとのことです。ただ、来年フランスを下した後での参戦は歓迎すると付け加えてもおられたそうです。」
『できれば国境付近に多少部隊を展開し、英仏にプレッシャーを与えてくれれば嬉しい。』というのは言っていたそうですが、と付け加えながら大臣はムッソリーニに答えた。
「そうか・・・。まぁ、参戦要請がきたらどのみち断るつもりだったのだ。ドイツとの関係悪化も避けれて丁度いいが・・・。」
とりあえず軍の動員はしたものの、実のところイタリア王国は全く戦争をできる態勢ではなかった。
エチオピアや今年併合したアルバニア程度であれば問題ないが列強国相手だと話は別だ。
陸軍は軽戦車どころか豆戦車とでも呼ぶべき小型戦車しか配備出来ておらず、自動車化も進んでいない。
それどころかスペイン内戦においてフランコ将軍をガッツリ支援した事で、機関銃はおろか弾薬や小銃といった基本的な歩兵装備も在庫が逼迫しているほどだ。
海軍も新型戦艦を建造中ではあるが、就役はまだまだ先でありイギリスは勿論の事、フランス相手でも非常に頼らない戦力しか保持出来ていない。
空軍は他の2軍と比べればまだマシな状況ではあるが、旧式機が多く、やはり英仏と戦うには心許ない状況だった。
ありとあらゆる面でイタリア軍はまるで準備が出来ていなかった。
とてもではないがムッソリーニは参戦の要請など応じれる状況ではなかったのだ。
ムッソリーニにとってちょび髭総統が英仏に挑戦することはそこまで意外ではない。
しかるべきタイミングがきた暁にはドイツと連携し動くつもりであったし、その為に三国同盟を締結していたのだ。
ここ数年は国力増強に励んでおり、数年前に手に入れた臨時収入のおかげも相まってその結果も徐々に出始めていたところだったのだ。
試掘に成功したリビアとイタリア本国の石油も今年に入って商業ベース規模での採掘を開始していた。
まだまだイタリアの石油需要を満たすには及ばない量だが、最優先で投資していることもあって数年内にはイタリアの需要をほぼ満たすだけの規模にまで拡大する予定だ。
立ち遅れていた製鉄や自動車産業分野にも投資を行っており、断念していた陸軍の機械化も徐々に進めていっていた。
例えば、ちょび髭総統の国民車計画に対抗すべくフィアット社に命じ年産3万台の小型自動車を生産する新工場建設も初めていたのだ。
フォルクスワーゲンのヴォルフスブルク工場と比べると小規模だが、現状年間6万台に過ぎないイタリアの自動車産業からするととてつもないインパクトといえる。
ムッソリーニ率いるイタリア王国はその他にも農業や人口増加政策などといった様々な政策に意欲的に取り組んでいるが、それらにはある共通項がある。
それは中期目線以上での国力増強政策ということだ。
直接の軍備増強というよりは、軍備増強につながる施設、分野に対して多くの投資をしている。
もちろん戦艦建造などの直接の軍備増強もしているが、弾薬・砲弾の備蓄といった戦争に必要な物資の備蓄は『数年後戦争できる態勢になっていればいい』という発想のもとさほど進めていなかったのだ。
「では閣下、我が国としてはドイツと英仏が戦端を開いても中立を維持でよろしいですね?」
「・・・やむおえまい。総統閣下のお手なみ拝見といこうか」
仮に参戦したかったとしてもその準備が全くできていないムッソリーニにとしては、そう外務大臣に告げるより他はなかった。
「賢明なご判断かと」
『泥舟にわざわざ乗ることもありませんしな』と、初手から無謀な2正面作戦を選んだちょび髭総統を揶揄するようなセリフを残して外務大臣は部屋を出ていった。
「・・・泥舟・・・か。」
大臣が出ていったのちムッソリーニはそう呟いた。
普通に考えれば泥舟だ。
英仏に加えポーランドに対しても同時に戦端を開くなど無謀の一言に過ぎる。
だが一方でムッソリーニの脳裏を『もしかしたらもしかするかもしれない』という発想がよぎってしまう。
その根拠はカルタヘナとテンパロッサ油田だ。
あれがただの運なのか、それともちょび髭総統の諜報組織がよほど優秀なのかはムッソリーニにもいまだに判断がつかない。
だが一つ言えることがあるとするのなら、ちょび髭総統は不可能にも思えることを成してきたということだ。
「・・・・一応参戦準備だけはしておくか」
もし本当に1年やそこらでフランスが降伏にまで追いやられたとしたら、それをただ座して見ていたとあってはファシストの先輩として威厳もへったくれもなくなってしまう。
そう考えたムッソリーニは『ちょび髭総統ミラクル』への保険として、がフランス国境の山岳地帯を攻略するための物資の備蓄と、アルジェリア・エジプトを攻略するための軍事作戦の発案を軍部に命じることにしたのであった。




