23 未来からの刺客 2
アメリカ カルフォルニア バークレー市
「下がって!下がってください!」
閑静な住宅街に警察官の声が響く。
サンフランシスコ湾に面する都市、バークレー市はサンフランシスコ近辺の例に漏れずとても暮らしやすい街だ。
真冬でも最高気温が10度台半ばまであがることも珍しくない温暖な気候だが、夏場は夏場で湿度が高くないこともあり気温のわりに過ごしやすい。
また世界有数のレベルを誇る大学のキャンパスを抱えているバークレー市は居住者の生活水準・教育水準共に高く、それらは地中海性気候の良さと相まって市の品格を高めていた。
そんな理想郷のような都市だが犯罪がないわけではない。
今回の事件の第一発見者は職場の同僚であった。
受け持ちの講義の時間になっても教壇に現れないことを不審に思い、家まで様子を見にいったのだ。
家に一歩足を踏み入れた同僚は膝から崩れ落ちそうになった。
なぜなら引き出しという引き出しが開けられており、明らかに家主ではない何者かが家探しをした形跡があったからだ。
『どうか、神様』と、同僚は思わずうめき声をあげる。
薄い望みだと自ら思いつつも、家主の無事を神に祈り、家の奥へ同僚は進む。
『あぁ、そんな、、、』
残念ながら同僚の祈りは届くことはなかった。
同僚は寝室からリビングに続く廊下で力無く床に横たわる家主を発見したのだった。
それから大騒ぎになった。
まずは通報を受けた警察官が現場に駆けつけた。
次に警察官が集まった事を不審に思った近所の住民があつまり、それから事件をどこからともなく嗅ぎつけた新聞記者がおしよせた。
犯行は深夜に行われたようで、金目の物が盗られているいることから金目当ての強盗の仕業というのが警察の公式見解だった。
夜中に不審な物音に気づいた家主がリビングに様子を見にいったところで運悪く強盗と鉢合わせたという見立てだ。
被害者男性がカルフォルニア大学バークレー校で教授をしてしていたこと、そしてバークレー市自体が強盗殺人といった凶悪犯罪が少なかったこともあり地元の新聞では大体的に取り扱われ、『大恐慌後の経済の悪化がモラルを低下させている』といった社説などが紙面を賑わした。
ただ、近所のゴシップ好きな住民や同僚たちに取材をした一部の新聞社は陰謀説を記事の掲載を行った。
なんでも被害者が今年に入り長らく付き合っていた女性と別れており、しかもその女性が共産党系の組織と関わりを持っていることから、『別れを恨みに感じた女性が組織を使って復讐した』というトンデモ陰謀説だ。
当然、類推、邪推の域を超えるものではなく、掲載した新聞社も『新聞』と名乗ってはいるが、実態としてはゴシップ週刊誌に毛が生えた程度のものであり、彼らの書いた記事はバーの酔っ払いの酒の肴にされるのが関の山であった。
普段静かな地方都市で発生した強盗事件はしばらくの間バークレー市を騒がせた。
各新聞の紙面を賑わせ、住民たちも自警団を結成し、銃器の売り上げが伸びるなどバークレー市民社会に大きな影響を与えた。
だが人の噂も75日とはよく言ったもので、ヨーロッパ情勢の緊迫といった話題や、大リーグの話題などにすぐに埋もれていき、バークレー市の市民の記憶から『たまにある強盗事件の一つ』として程なく忘れさられていったのだった。
ただ勿論、被害者男性の周辺からしたら『たまにある強盗事件』なんて一言で片付けられるものではない。
被害者男性が有能な科学者であったからなおのことだ。
優秀な研究者の例に漏れず変わり者であった被害者であったが、複数の核関連の共同研究を行なっており顔が広く、告別式には多くの研究者が参列し若き天才の早すぎる死を悼むことしきりであった。
被害者男性の職場であるカルフォルニア大学も代わりの教授の手配に大いに苦心することになった。
被害者男性は若手かつ実績も多くはなく、名前もまださほど売れてこそいなかったが、非常に優秀な研究者であり受講生からの人気も悪くなかったので同等以上研究者などそうそういなかったし、そもそも核物理学という最先端分野を研究する科学者の代わりなどそうやすやすと見つかる訳もなかったからだ。
大学側もしばらくの間は講義を引き継ぐ教員を探し回ったが最終的には白旗をあげざる負えなくなり、結局は構内の掲示板につぎの通りの告知を掲載する事態となってしまったのだった。
『ロバート=オッペンハイマー教授の講座は継続困難となったため受講生は無償で単位を授与される』
と。
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1939年8月に二人の科学者が強盗にあい命を落とした。
一人はアメリカ在住の核物理学者ロバート=オッペンハイマー、もう一人はイギリス在住の数学者アラン=チューリングであった。
その界隈ではその優秀さは一定の評価を得ていたものの、軍の研究に深く関わっているわけでもなく脚光を浴びることはなかった。
チューリング博士はイギリス陸軍の暗号解読チームに外部オブザーバーとして参加していた都合上、一応の軍警察の調査は入ったものの、本人の性的嗜好の件もあり当時は博士は軍からはさほどの重要視をされておらず、結局単純な強盗事件として片付けられることとなった。
この二つの事件は当時は関連付けらることはなかった。
むしろこの時期ドイツ政府はドイツ系科学者を本国に召還することを秘密裏ではあるが大体的に行なっており、その対策に連合国側の諜報機関は忙殺されていた。
この2つの事件が結びつけられたのは戦後かなり経ってからであった。
全く別件の目標を対象にしたCIAの諜報作戦中にたまたまオッペンハイマー博士襲撃の詳細を知る人物から情報を引き出すことに成功したのだ。
CIAが引き出した情報は英米指導部に大きな衝撃と疑念を与えた。
その情報によるとドイツ諜報部は開戦の何年も前からこれらの科学者をマークしていたというのだ。
襲撃されたのはその二人の科学者であったが、マークされていた科学者はそのほか多数存在しており、その中にはノイマン博士など戦時中英米の兵器開発に多大な貢献をする者が多く存在していた。
仮想敵国の科学者をマークするのは諜報活動としては王道とも言えるが、まさに急所急所を的確にピンポイントで押さたドイツ政府の諜報活動はまさに脅威的と言えたからだ。
だが英米からして不思議だったのはドイツが暗殺したのがこの二人の科学者であったことだ。
優秀な科学者であることに違いはないが、『なぜあえてこの二人なのか?』かが分からなかったのだ。
チューリング博士は確かに英国軍の暗号解読に協力はしていたが、もっと深く協力している科学者は他にもいた。
確かにリスクの観点から見るとある程度は説明がつく。
軍に深く協力している科学者や名の知れた科学者を襲撃することは非常に露見のリスクが高い。
その点からすればそこまで英米政府のマークが厳しくない、というかほぼノーマークの科学者を襲撃したことには一定の合理性がある。
当時一応は中立であったアメリカ在住の科学者を襲撃したことなど、万が一にも露見してはいけなかった。
その認識が当時のドイツ首脳部にもあったことは情報源の人物からも裏が取れている。
少しでも露見の可能性があるなら襲撃を中止せよとの指令が、当時本国から出ていたそうだ。
ただそうなると更なる疑問が出てくる。
『なぜそこまでしてオッペンハイマー博士をちょび髭総統は排除しにかかったのか?』だ。
勿論、襲撃の目的ははっきりしている。
英米の核研究、というより核兵器の研究の妨害なのは間違いない。
ちょび髭総統が当時のいかなる国の指導者よりも早く核研究の重要性、核兵器の実現性に気付いていたことは、今となっては歴史的事実と言えるまでになっている。
だからこそ英米諜報部は不気味に感じるのだ。
オッペンハイマー博士、チューリング博士に一体何をちょび髭総統が見ていたのか。
それが分からないのだ。
そして一つ、今となっては確かめようのない疑惑が出てくる。
この二人が何を成す可能性があったのかはもう分かり得ない。
その可能性はちょび髭総統が消し去ってしまった。
もしかするとただの取り越し苦労で、ドイツ諜報部の苦し紛れの一手だったのかもしれない。
この二人の科学者は癖が強いことで有名だった。
むしろ研究チームの足を引っ張るお荷物に過ぎなかったのかもしれない。
だがちょび髭総統の『未来を読むかのような戦争指導』を考慮すると英米諜報部は考えざるを得ないのだ。
『もしや連合国は自覚すらし得無いまま、技術の芽を摘まれていたのではないか?』
と。




