19 ダンツィヒか戦争か
1939年8月 総統官邸
「それで、大臣。フランス側は要求を撤回しそうにないのだな」
「・・・こちらがゼロ回答という前提ですと、おっしゃる通りです」
俺の問いに対してノイラート大臣が固い表情を浮かべて答える。
「そうか・・・では仕方な」
「いえ、閣下!それはダメです!外交での解決を続けるべきです!分かっておられるのですか?フランスを敵に回すということは今の国際情勢下だとイギリス・ポーランドを同時に相手するということです!勝算が閣下にはあるのですか?!」
悲鳴じみた声でノイラート大臣が俺の発言をさえぎってくる。
それを見たちょび髭党の面々が顔色を変える。
俺の発言をさえぎって、しかもなお且つその内容を否定するなど近年の閣議では有り得ない光景だった。
それほどまでにちょび髭総統としての俺の権威はたかまっていたのだ。
(だが、大臣にとっても今この瞬間がまさに正念場だろう)
今、ライヒは緊迫する欧州情勢の真っ只中にいた。
フランス政府が突き付けたヴェルサイユ条約に基づく賠償金の支払いをライヒは完全に拒否。
軍事力の行使をも(表面的には)辞さない構えのフランス政府に対し、軍の動員を行うことで国際緊張は一気に加速。
そんな中、ノイラート大臣はなんとか妥協点を見いだそうと奔走した。
それはもう個人的な伝手をも駆使してでもどうにか外交的に問題を解決しようとした。
だがどう足掻いても『賠償金支払いゼロでの解決』という条件は満たせなかった。
当たり前だ。
そんな条件をフランス政府が吞んでしまったら、彼ら自身が政権を維持することができないだろう。
(いよいよ、ここがルビコン川・・・か)
ここで、『仕方ない。年間どの程度の支払いだったら彼らは納得するのかね?』と俺が言いさえすれば、当面の戦争は回避できるだろう。
おそらくフランス側も戦争を望んでいないはずだ。
もっとも『今は』という注釈がつくが。
きっと交渉のテーブルに彼らは出てきて、どこかギリギリのラインで事態が解決できるだろう。
だが・・・・。
「勝算といったかね?大臣?」
俺は顔を真っ赤にしているノイラート大臣を見据えた。
「勝算はある。というか勝算しかない。むしろ今このタイミングであるからこそ私は断言できる。今ならライヒはフランス・ポーランドを粉砕し、イギリスにも勝利できると!」
「しかしですな!」
「大臣。今なのだ。やるなら今なのだ。確かにライヒの軍備は整っていない。だがな、それ以上に奴らの準備は整っていないのだ。」
俺の剣幕に押されノイラート大臣は一瞬言葉につまる。
だが、腐っても海千山千の外交畑の人間だ。
反論の口火を切ろうとするが、そこに俺はさらに被せる。
「だが、どうしてもというならいいだろう、大臣。是が非というなら条件を出そう」
「条件・・・ですか」
ゼロ回答を絶対条件にしてきた俺が妥協案をだしたことに大臣は意外そうな顔をする。
「やつらが賠償金の支払いを絶対条件とするなら対価が必要だ。丁度いい。ダンツィヒだ。ダンツィヒを賠償金の代わりに割譲するというならライヒ国民も納得するだろう。2週間だ。2週間以内に回答すること。これが条件だ」
(すまないな、大臣)
俺は心の中で合掌しながらも、大臣に条件をつきつけた。
「・・・」
あまりの条件に流石の大臣も刹那くちごもる。
まわりの閣僚達も居心地悪そうな様子こそみせるものの、口を開く者はいない。
嫌な静けさが部屋を支配する。
「・・・閣下は彼らがそれを呑むとおもっているのですか?」
しばらくの沈黙の後、大臣は諦めがにじむ表情で口を開いた。
「第一、ダンツィヒといえばポーランド領です。フランスの一存で決めれるわけもなく、2週間以内に結論などでないでしょう」
大臣はどうにか俺を翻意させようとして言いつのった。
俺はあえてそれをふりきる。
「条件を呑むかどうかは奴ら次第だ大臣。それにだ。ポーランドと英仏が接近していることは私も知っているぞ大臣。ポーランドは工業化に邁進していると聞く。ライヒの将来戦略においてつまずきとなるのではないかね?ライヒはいつでも準備が出来ている。賠償金が欲しければ2つに一つ。ダンツィヒか戦争だ。大臣も分かっているだろう?安易な妥協などライヒ国民が納得などせんぞ」
そう言うと俺はブロンベルク大臣、レーダー提督、ゲーリングの3人に矢継ぎ早に命令をくだす。
「諸君、聞いての通りだ。最短で2週間後にライヒは戦争状態に入る。各軍は事前の計画に沿って部隊の展開をせよ。分かったな!」
「そんな!あくまでそれはポーズだったのでは・・・」
そううめく大臣を傍目に閣僚達がお馴染みのポーズをする。
「「「ハイルちょび髭!!!」」」
一時はやめさせようとしたが、結局そのままのポーズが相変わらずライヒでは市民権を維持している。
100%までは納得していない人間もいるだろうが、ノイラート大臣を除く全ての閣僚が手を掲げている。
事前の根回しが功を奏したのか、シャハト大臣もノイラート大臣に気の毒そうな視線を送りながらではあるがローマ式敬礼をしている。
それを見てノイラート大臣が『そういうことですか・・・』と呟く。
(すまないな大臣・・・・)
騙し討ちのような状況になってしまったことに俺は心の中で詫びる。
なんとかフランスに要求を撤回させることができればいいと思っていたことは事実だが、そうならない場合の方が残念ながら本命だった。
中途半端はダメだ。
やるしかないなら戦略的奇襲効果が見込めるタイミングがベストだ。
その為には味方すらも欺かなければならない。
外務省が本気で取り組んでこそ英仏にも隙ができるというもの。
ライヒが動員を開始したことでフランスも動員を開始しているが、彼らの動員こそただのコケ脅しにしか過ぎないのは情報部からの報告ではっきりしている。
やつらは軍の動員こそしているが弾薬の集積や増産を大規模に実施まではしていない。
これはライヒの狙いを読み間違えたが故だろう。
そういう意味では敵を欺くのは狙い通りうまくいった。
うまくはいったがこれには代償を伴う。
(敵を欺くならまずは味方から・・・言うは易しだがな)
俺を見るノイラート大臣の顔に浮かぶは幻滅の色だ。
大臣からしたら騙されたようなものだ。
仮にその嘘の目的が大臣の意に沿うものだっとしても、理解はできても納得しがたいだろう。
ましてや今回の嘘は大臣の思想とは真逆の目的を達する為の嘘だ。
この場で辞職を言い出さないだけ自制している方だろう。
それでもどうにも居た堪れなかったのか、『では早速、フランス大使に伝えてきます』と半ば吐き捨てるようにしてノイラート大臣はひとり会議室を出て行ったのだった。
(後でフォローするか)
ノイラート大臣にはいくつか伝えていないことがある。
種明かしをする必要があるだろう。
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ダンツィヒか戦争か。
ちょび髭総統がフランスに叩き返した賠償金支払いの条件は、欧州中、世界中を駆け巡った。
賠償金の支払い要求に対して激昂していたドイツ国民はちょび髭総統の強気な姿勢を諸手をあげて歓迎した。
反対にいきなり首元に刃を突き付けられたポーランドは激昂した。
もともと水面下ではあるが『ダンツィヒを含むポーランド回廊に関してこれをドイツは要求をしない、その代わり旧チェコスロバキア領』というサインをドイツ外交部から受け取っていたポーランド政府にとってこれは裏切りにも等しい内容だった。
しかもその理由がフランスの要求を満たす為の条件というポーランドからするとイチミリのメリットもない要求だったのだ。
ポーランドの政府と国民は共に激昂し、即座に軍の動員を行うと共に英仏への支援要請を行った。
激昂するポーランドに対して英仏の反応はまちまちであった。
フランス政府は突然「外交的プロレス」を逸脱した事を要求し始めたドイツ政府に困惑した。
泡をくってドイツ外交部に確認するフランス政府であったが『本国政府の意向はその通りである』という噯昧な回答に終始され事態の外交的手段による解決を見いだせずにいた。
『何故の急な方針転換なのだ?』と目を白黒させ、『とりあえず我々も本格的な軍の動員と部隊配備をするぞ』という場当たり的な反応に終始し、また同盟国である英国にも万が一の際は参戦するよう働きかけを行なうのであった。
それに対してイギリス政府は事前相談もなくドイツ政府にかましを入れ、挙句に事態が収集つかなくなれば慌てて協力を求めてくるフランス政府に辟易としたものを感じつつも『ドイツの防波堤としてのフランスは見捨てられない』という地政学的見地からフランス政府支持の姿勢を表明すると共に軍の動員準備にかかったのだった。




