私の最善
彼女の表情が虚を衝かれたようになる。
「…いいえ、ないです。」
「それはどうして?」
「それは…、それをニコルに知られたら、遠慮されると思ったんです。お前みたいなやつとは住む世界が違う。だから付き合えない、別れろって言われるのが嫌だった。失望されると思ったから。」
「じゃあ、同じ理由でニコルさんが隠していたとは思わないの?見合い話だって彼の親が勝手に送ったのかもしれないわ。」
「それもそうですね。」
「よく似た同姓同名の別人だっていう可能性もないわけじゃない。冷静にあらゆる可能性を考えなさい。」
「…怒ってばかりで駄目ですね。私、ニコルが私のこと本気じゃないかもって思ってしまったんです。私で遊んでいるなんて酷いって怒ってしまって、頭に血がのぼったままでエレナ様のところに来てしまったんです。」
「そう、落ち着けた様子で嬉しいわ。でも、あくまで可能性の話だからね。」
「わかってますよ!でも、どうやって確かめたらいいのでしょうか?」
「素直に聞いてみたら?」
「そうですね、そうします!」
と、これが一昨日の話。
本日私は建国王の像がある広場の近くのカフェのテラス席で優雅に珈琲を飲んでおります。そして建国王の像の足元で人を待っているマリアを見ている。どうしてこんなことをしているのか、それはマリアが、
「一人だと不安なので、エレナ様も一緒に来てください!」
とか言い出すからだ、なんで恋人同士のゴタゴタに巻き込まれなきゃいかんのだ。私は第三者だ、アドバイスこそすれ直接関わるのは嫌だぞ、私は傍観者だ。最初は断ろうとしたんだが、それはそれは物凄く説得されてしまい、遠くから見守ることになってしまった。どうも私は押しに弱いらしい。マリアに二人のデートの待ち合わせの時間と場所を聞いておき、当日にその場を見ていると約束した。
さて、さほど待たずに写真の彼、ニコルがやって来た。急いで来たようで肩を揺らして息をしている。待ち合わせ場所に恋人が先に来ていたら焦るよね、そりゃ。でもマリアに聞いた待ち合わせ時間の二十分前だよ。
声まではこちらで聞き取れないが、二人が二言三言会話をすると、マリアがニコルの家から送られてきたお見合い写真を取り出した。どうやら本題に入るようだ。マリアが勇気を出して語り始めている様子がよくわかる。それに対してのニコルも、最初は驚いたようだが、真剣にマリアの話を聞いている。なるほど、人の話を遮るほど酷い人間ではないと。
マリアが話し終わったようだ。ニコルは頭を下げて何かを話している。そして、何かを訴えるようにマリアの手をとると、どこか別の場所に移動し始めた。見失うと困るので、後をついていく。
二人は広場からあまり離れずに、一軒のお店に入っていった。
「ここは…、宝飾店?」
店のショーウィンドウには色とりどりの宝石のついたネックレスや指輪がならんでいる。
「これってもしかして…。」
しばらく店の前で待っていると、ドアベルのなる音がして二人が出て来た。初めて近くでみるニコルの印象は好青年といったところか。
「あっ、エレナ様ぁ!見てください!」
「ごきげんようマリアさん。そして落ち着きなさい、あなたの彼氏が驚いているわ。」
私に向かって元気に振られる左手薬指に光るものを見つける。が、今は何も言わない。
「あっ、ニコル。こちらはエレナ様、私が学園にいた時にお世話になって、今も仲良くしてもらっているの。」
「初めまして、チネリ伯爵家のエレナと申します。あなたのことはマリアから聞いてますよ。今日は彼女に頼まれて覗き見していました、ごめんなさいね。」
「伯爵家の方とは…。初めまして、ニコル・リーノです。」
「それでね、エレナ様、聞いてください!」
マリアがとても嬉しそうな顔を向ける。
「ニコルにプロポーズされちゃいました!」
横に立つニコルは照れ臭そうな様子だ。
「おめでとう!ということは上手く話が出来たのね、よかったわ。素敵な指輪ね、デザインが綺麗。」
「それ…、実は私がマリアのためにデザインをしたんです。」
「まぁ、ニコルさんが?それじゃあ、世界に一つだけ?」
「はい。いつ渡そうか迷っていたんですが、今日はその良い機会だと思いまして。」
「とっても良いわ!マリア、大事にするのよ。」
ニコルに宝石デザインの才能があったとは、意外である。そういえば、二人が出て来た店の看板にはリーノ商会の系列店であることが示されている。将来彼の作る宝飾品は商会の目玉商品になるかもしれないと脳内メモをする。
「そうだ、そんな幸せなお二人に私からプレゼント。」
幸せムードたっぷりの二人に私は一枚の封筒を渡す。
「これはなんですか?」
「マリアさん、開けていいわよ。」
「では失礼して…これはパーティーの招待状ですか?」
「ええ、あなた社交界に来る資格はあっても今まで参加してこなかったでしょう?パートナーとしてニコルさんも連れて来られるから彼も商談の良い機会になるでしょう。」
ちょっと突然過ぎたかな?二人とも吃驚している、特にニコルなんて目が真ん丸だ。
「そうだ、先に言っておくけど、このパーティーは私の婚約発表も兼ねているの。このパーティーで正式に発表することだからまだ黙っていて欲しいのだけれど、他のお客様達もなんとなくそうだろうと思って来るから、あなたにも伝えておいた方が良いでしょう。」
「えっ、エレナ様、婚約するんですか!どなたと!」
「マルコ様よ。まぁ、そういうことはどうでもよくて。」
「エレナ様、マルコ様はどうでもよくないですよ。侯爵家ですよね?玉の輿じゃないですか。」
「えっ、マリア、ロバーツ侯爵の子息とも知り合いなの?」
そういえば、リーノ商会はロバーツ侯爵ともやり取りしていたね。
「私、一人娘よ、婿養子に来てもらうの。それに身分だって一つしか違わないわ。それでパーティーの主催が我が家なの。それで、そういう訳で気合い入れてパーティーするから、マリアにはレッスンを受けてもらいます。」
「へ?」
「ニコルさんと結婚したら、彼の仕事上あなたは社交界に戻ることになるでしょう?レッスン代は全て私の私費だから、結婚祝いだと思って受け取りなさい。」
「ありがとうございます?」
「うちのパーティは2ヶ月後だからそれまでは我が家に通ってレッスン詰め込むわよ。あっ、でも、ニコルさん家での花嫁修業もあるだろうし、予定は一緒に考えましょう。」
「エレナ様、レッスンとパーティーは確定なんですね。」
パーティー参加はしてもらいます。だからもちろんレッスンも絶対です。
「使える権利は使いなさいマリアさん。」
「まぁ、いつか出なきゃとは思っていたのでいいですけど、ニコルはそれでいいの?」
「取引先が増えれば嬉しいし、貴族のパーティーにお邪魔出来るのなら私としたらとても有難いけれど、本当にいいんだろうか。」
「いいのよ、いいの。是非二人をパーティーに呼びたいの。」
ちらっと腕時計を見る。
「いけない、私この後用事があるからお暇するわ。詳しくは後で連絡しますね。」
小説関連で約束事があるのだ。私は二人に別れを告げてその場を去った。
小説と言えば、あれからしばらくしてマルコ様に私が小説を書いていることがバレた。彼に婚約話を持って来られたのはそれよりも後。なんで私みたいな地味な娘をなどと驚くことはなかった。綺麗になると自信がつくから、この世界に転生して自分磨きに努力した。前世でも自己投資は好きである。お陰様で公爵令嬢のような目立つ美人ではないものの、普通に美人くらいにはなっていると思う。というか銀髪に紫の瞳というフィクションみたいな色彩を持っている公爵令嬢が普通じゃないんだ、いや、この世界フィクションだった。それにマルコ様の家との縁談があってもおかしくないくらいの家柄ではある。
しかし、学園在籍中にその話がくるとは思わなかった。多くの貴族は卒業後、本格的に社交界に出てから相手を探す。もちろん、それ以前に婚約する人もいるが大抵は政略的なものが絡んでくる。婚約しなくても、お付き合いのような関係だって存在する。だから私はマルコ様に何故、婚約なのですか?と聞いた。すると、
「最近殿下に睨まれるんだ。」
つまり、婚約でもしないと王子に公爵令嬢を狙う輩だと思われかねないらしい。お疲れ様です。
「しかし、本当に良いんですか?社交界デビューしてからの方が選択肢は多いですわよ? 」
「どうせ結婚するなら、君がいい。僕は君のことを好ましく思っているんだ。浮気するつもりはないよ。」
「私、男性は浮気する時はする生き物だと思っているのでそこら辺は別に構いませんわ。」
「それ言われると悲しくなる。」
「まぁ、私の偏見であることは認めましょう。でも、浮気するにしてもちゃんと後始末が出来ない人は嫌いですわ。責任を持っていただかないと。」
「それは確かに大きな違いかもしれないね。」
「まぁ、でもマルコ様の事情は理解しました。私もマルコ様となら上手くやっていけるような気がしますし、いいですよ。婚約いたしましょう。」
そういうことで私達は婚約することになった。結婚を前提としたお付き合いの感覚なのでなしにしようと思えば解消できるし、この国の貴族はそこら辺は簡単に決めてしまうので問題はない思った。それとマルコ様なら大丈夫という勘が働いたので承諾。しかし、実家に連絡すれば大騒ぎ。親は娘が向こうでいい人と知り合えたらいいなぁとは思っていたけれど、こんなにも早く優秀で良家の彼氏を連れてくるとは思わなかったらしい。贅沢な婿養子ですよ。小説家業も順調で、そろそろ新作が出せる。
そういえば、王子殿下はまだ婚約していないな。確か小説ではとっくに婚約している頃。マルコ様が絡んだハプニングが発生し、二人の距離が急接近するクライマックスシーンは今でもなんとなく覚えている。
あれ、もしかして、私がマルコ様と仲良くなったのと関係する?
でも、気にしない。私はストーリーなんてどうでもいい。自分にとって最善だと思った道を進むのみである。