町にでました
明るい日差しが海を照らしていた。
海の香りが町中に漂っている。
見たこともないほご大勢の人々が溢れ、それ以上の品物が道の両脇に並んでいた。
魚、果物、香辛料といった食べ物はもちろん珍しい異国の本や置物などまで、売っていないものを探す方が難しいと感じるほどだ。
「すごいね、まさかこんなに賑やかな町だなんて思わなかった」
私は歓声をあげながらもしっかりと右手に力を込めた。エメラルドと繋ぐ手を離したら、一生会えないんじゃないかと不安だからだ。
「気を付けるんだぞ、モリー。はぐれるんじゃないぞ。エメラルド姫もお気を付けて」
父が笑顔で私に話しかける。後半はエメラルドを見つめて丁寧に。
そう、当然といえばそうだけれど、子供だけで港町まででてこれるわけではなかった。エメラルドには護衛が必要な訳で、その護衛は誰かといえば私の父に決まっているのであった。忘れてたけど、父は騎士だったわ。
親の監視つきとはいえ、やはり賑やかな町を見るのは楽しい。
パンを齧りながら走り回る子供たちを見ていると自然と頬は緩んでしまう。できることなら、私も簡素な麻のワンピースを着て一緒に走り回りたいくらいだ。
「……奴隷は売ってないんだな」
小さな声で、エメラルドが呟く。
その言葉に私は改めて周りを見た。確かに、人を売買している様子は見当たらない。
私の家にも使用人はいるが、奴隷はいないしゲームにも出てこなかったはずだ。どうやらこの世界には奴隷という制度が存在しないのだろう。
「ドレイとはなんですか?」
「あ、いや、何でもない、です」
耳ざとく父がエメラルドに尋ねるが、彼女は笑顔でごまかした。ぎこちない笑顔だったが、大人はこの笑顔をみると百パーセントそれ以上追及しなくなる。一種の特殊能力といえるだろう。
「それにしてもソラ・シーガイで待ち合わせなんて。我が家を使っていただければよいのに」
父は少し不満そうだ。それに関しては全面的に私の所為なので首をすくめてその場をやり過ごす。人が多すぎて馬車も通れないこの町では徒歩で移動するしかない。その分危険もあるだろう。元にこの町に入って三十分ほどだが、二回ほど「財布をすられた」という叫び声を聞いた。食い逃げを追いかける飲食店の店主は三人ほど通りすぎたし。この町怖い。
「栄えている町だと聞いてましたが、治安は良くないようですね」
「それはそうですよ。治安の悪さと町の繁栄は比例しますからね。これでもマシになったんですよ。数年前まではもっと人が沢山で、もっと治安が悪かったですから」
エメラルドの問いかけに答えた父の言葉に私達は思わず顔を見合わせた。普通ならば、反比例しそうなものだが。やはり現代人の感覚とは異なるのだろうか。
「ありました。ここが待ち合わせのお店ですね」
店が立ち並ぶメインストリートから少しだけ逸れた道。狭い土地に無理やり押し込んだような家が立ち並ぶ中で一件だけ土地をふんだんに使用している建物があった。降り注ぐ太陽の光を跳ね返すような真っ白な建物は周りとは明らかに一線を引いて高級感を演出している。扉を開けると雇っているのだろうか、用心棒らしき人物が二人、じろりと私達を見つめた。ドレスコードなるものと確認したのかもしれないが、何も文句を言われない所をみると合格なのだろう。父が気にせず店へと入っていくので私達も続いた。
「イソラ・モラ・カジュール、エメラルド姫」
店の奥にある大きなテーブルにいたのは3人の男の子だ。その内の一人はエミリオくんだ。真っ先に席を立立ってエメラルドに挨拶をしたのはエミリオくんの兄だろう。
「テオ・デ・ルジオールと申します。どうぞお見知りおきを」
「アル・フルウラ・デ・モンソラです」
お兄さんのテオは、エミリオくんをそのまま縦に伸ばして、常識を植え付け、上品さでコーティングしたような姿だ。それ、別人な気もするけれど。
一方アルの方はぶっきらぼうな雰囲気が漏れ出ている。顔にハッキリと「面倒臭い」と書いてあるタイプだ。うん、本当なんでこの二人が友人なのか謎。
そしてやっぱりエメラルドはアルが気に入らなかったようだ。思いっきり睨んでいるし。
私はエメラルドのスカートを引っ張った。それに気づいて彼女も挨拶を返した。
どうやらこの店は、貴族御用達の酒場らしい。
普段は夜に開けるとのことで、現在は私達の貸し切りとなっている。
普通の酒場とは違い、大声で騒げる雰囲気ではない。そもそも、食事代が目が飛び出るほどの高額なので一般の人は入る事ができないのだ。店に飾ってある調度品も一流のものばかり。店の人も、「食い逃げだ!」なんて叫んで追いかける必要がないからかゆったり給仕している。
「――で。今日は寄付の件で話に来たのかな」
はるか東から渡ってきた陶磁器のティーカップに入った紅茶で喉を潤した後、アルが最初に口を開いた。
今日は子供ばかりだということでお酒は置いていない。代わりに珍しいお茶や果物、焼き菓子などがテーブルに並んでいた。エミリオ・テオ・アルと三人が並び、その向かい側にエメラルドが座るという恰好だ。私も一応エメラルドの横に座っているが、父は後ろに立っている。テオの後ろにも二人、彼等の護衛であろう人物が立っていた。
寄付、の言葉に父の眉が動いたのが分かった。けれども父は何も言わない。護衛はあくまで対象者に危害を加えないように立つだけで、会話には一切入らないのがルールなのだ。だが、
「確かに、君の――正確にはアナベル家を介して頂いている寄付金は伯爵家としても度を超えた額を貰っている」
アルがそう言った時、父は小さい声で「え」と言った。え、じゃないよ、と私は思わずお人よしの父を睨む。
「そうなんだ。神殿にいったん寄付しといて悪いんだけど、できれば」
返してほしい、そうエメラルドが続ける前に、アルは質問をすることで遮った。
「エメラルド姫、貴方は燃えてしまったフランデール伯爵邸が今どうなっているのかご存じか?」
「え?」
エメラルドは言葉につまり、私を見る。しかし私も無言で首を横にふることしかできなかった。仕方がないので、二人で同時に父を振り返る。4つの瞳に見つめられて、父は軽く咳払いをしてから答えた。
「現在、再建中です。なにせ広大なお屋敷でしたので、あと数年はかかるでしょうが」
フランデール邸、立て直し中でしたか。納得すると、再びアルが問いかける。
「では、火事で亡くなった人が何人いるかご存じか? 仕事を失った人は? 路頭に迷った家族は?」
畳かけるような質問の連続に、私は背中が寒くなった。横を見ると、エメラルドの顔を真っ青だ。
確かに、ソラ・シーガイを初めてとして多くの税はフランデール家の収入として入ってきているはずだ。しかしそれは貴族、いうなれば私のアナベル家のようないわばフランデール家お抱えの人達の給金として分けられているはず。しかも、広大な屋敷を再建する資金残さねばならないのだ。
では、貴族でない者達は?
そう、フランデール家には多くの使用人がいた筈なのだ。料理人だって、庭師だっていただろう。その人達はどうなったのだろう。働き手を失って家族は、子供達はどうやって生きているのだろう。しかも、もう火事から5年も経っているのだ。
今までそんなことを全く考えずにぬくぬく暮らしていた自分達が恥ずかしくなった。あの火事のせいで食べる物にも困っている人がいるかもしれないのに。そう、昔の私達のように。
「――――そんな人々を助けるのも、神殿の仕事だ」
再び紅茶を飲んでから、アルが淡々と話す。
神殿には、「神の家」と呼ばれる宿泊所がある。
その家は何者でも受け入れ、仕事さえすればその日の食事と寝床を与えられる。フランデール家の火災以来、明らかに南の神殿では「神の家」に頼る人が増えている――。
「正直、フランデール家からの寄付金が多くなければやっていけない状況だ」
そうか。
って、やっぱりモンソラ家いい人じゃないの。
だって、身寄りのない人たちを世話しているんでしょ。
さっき、エメラルドが「奴隷がいない」って言ってたけど、それは神殿の力が大きいと思う。お金に困って子供を売る必要がないわけだから。
これは明日からお菓子は抜きにして私も節約に励まなきゃ、と思った時だった。
「気に入らないな」
ぽつりと、しかしハッキリと周りに聞こえる声でエメラルドが言った。
「気にいらない。貧しい人に施しを分け与えて満足するのか? 一生、そいつらの事養っていくのか?」
「じゃあ、どうしろと?」
鋭い口調でアルが投げかける。テオが、まあまあ、とアルの肩を叩いているが彼は言葉を止めなかった。
「伯爵家が潰れるとはそういうことだ。そこで働いていた人はもちろん、品物を収めていた商人、調度品を作っていた職人、すべての生活に影響するということだ。それでも商人、職人はまだいい。彼らはすでに新しい取引先をみつけ逞しく生きているさ。多少稼ぎは少なくともな。では、夫を失った妻はどうする? 幼い子供は? 一体どうやって生きていけというんだ」
「モンソラ殿、」
父が声を上げた。そのまま一歩踏み出し、エメラルドを立たせようとする。もうこの店からでようということなのだろう。
けれど、エメラルドは立たなかった。逃げるでもなく、じっとアルを見つめ返す。
「案内してほしい、その人達の所に」
「俺、いや、私だったら、絶対に嫌だ。自分の力で生きていけないのは、不安なのは、嫌だ」
一言一言、しっかり区切って話す。その姿に、少しだけアルも戸惑っているようだった。




