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一方的蹂躪

船に乗ったラクたちを海図片手にカイが呼び出す。


「ひとまず、目的地は前に遭遇した場所になるがいいか?」

「それが無難じゃろう。前回の遭遇からまだ三日、近くにおる可能性は高い。」


残った二人も頷いて賛成を示し、船の目的地が決まる。

カイは出向に向けて他の漁師たちに指示を出した。

船に乗るのは経験豊富な歴戦の漁師たちである。

そんな彼らでも、今から向かうのが漁ではなく魔獣討伐であるということに緊張があるのか、どことなく表情や動きが固い。

港で見送る家族や他の漁師たちからも心配の表情がみてとれた。

そんな様子を見かねたラクは、残る漁師たちに向かって声をかける。


「戻ってきたら解体のおお仕事だ。そこらの獣と違って重労働だから道具の整備と休息を取るように。後で泣き言言っても聴かないからね。」


今まさに命をかけて魔獣を討伐に行く人間とは思えない軽口に、漁師たちの目が点になる。

しばらくして顔を見合わせた漁師たちは、我慢ができなくなったように声を上げて大笑いしだした。


「おうよ!解体だったら任せとけ。」

「帰ってきたら魔獣の肉で宴会だ!」

「気をつけてなぁ!!!」


ラクの気遣いを感じ取った漁師たちは、先程までの暗い雰囲気を吹き飛ばすように声を上げて声援を送った。

みんなの顔を見て満足気に頷いたラクは、片手を上げて応え船の奥に戻ると同時に船が出た。


------------------------------


出港してから一時間ほど経った頃、ラクたちは件の鑢鮫(ヤスリザメ)に出会うことなく目的地に着いた。

カイは海図を眺めながら周囲をひとしきり確認するとラクたちを呼んだ。


「よし、前に鑢鮫(ヤスリザメ)と遭遇したのはこのへんで間違いない。」

「ま、だいたいでいいよ。あとはおびき出せばいい。」

「そんなことできんのか?」


漁師であるカイにとって魔獣は天敵である。

避けようとすることはあっても、おびき寄せるという発想はなかった。


ラクは船の(ふなばた)から海へ飛び降りる。

あまりに自然な動作だったため、カイ達はついラクの行動を見送ってしまった。

慌てて船へ引き上げようと漁師たちは走り出すも、ラクが飛び降りた海面を見て動きが止まった。

なんと海の上に立っていたのである。

ラクの姿を見たジンは顎をなで納得したように頷いた。


「なるほどの。それが属性法術というやつか。」

「そう、これは引力と斥力を生む闇属性。便利でしょ?」

「ふむ、こいつは確かに一人でやっちまうかもしらんな。」


前もって聞いてはいたものの半信半疑だったのだろう。

ジンはラクの属性法術を間近で見てむしろ呆れたように肩をすくめた。


「おびき寄せるなら血か?」

「うん、魔力たっぷりに込めて垂らすよ。」

「ならば瞬く間によってくるじゃろう。カイ、全員で警戒態勢に入れ。」

「よっしゃ!」


カイはすぐさま指示を出し、いつでも船を動かせるよう用意させる。

船上が慌ただしくなるのを尻目に、ラクはナイフで指先を切って海に垂らした。


瞬間、全員の背中を悪寒のようなものが駆け巡った。


「気づきおったな?鼻のいいやつじゃ。」

「一、二、三…話にあった通りぴったり五頭だ。」


カイを含め、漁師達は殺気を含んだ鑢鮫(ヤスリザメ)の気配は感じたものの、どこから来るのか分からず表情に焦りが浮かぶ。

しかし、ラクとジンだけは真っ直ぐと東に目を向けた。


「慌てるでないわ!海の男たる者これしきでビビってどうする!」


ジンの言葉に、カイ含め漁師たちの恐怖が適度な緊張感に変化した。

トウカはラクたちに釣られて東の海面に目を凝らす。


「えー、ぜんっぜんわかんない。なんでお祖父ちゃんもラク兄もわかるの?」

「トウカの気配察知は今後の課題じゃのう。」

「生きて帰れたら指導を手伝うよ。」

「ぬかせ!これで死ぬようなタマじゃないと確信しとるわ。」


魔獣の接近を前にラクの落ち着きは異様に見える。

ジンでさえ慣れで平静を保っているが、いつもより数も強さも異なる殺気にじんわり汗が滲んでいる。

トウカも次第に呼吸が浅くなってきた。

激励で少しマシになったものの、漁師たちも過度な緊張で体が固まりつつある。


そんな中ラクはそよ風の中を散歩するかのように、近づく鑢鮫(ヤスリザメ)のいる方向へ近づいた。

揺れる水面とわざとらしく放つラクの魔力に誘われて、鑢鮫(ヤスリザメ)たちは一気に海上へ向けて加速する。


「来おるぞ!」

「じゃ、行ってくる。」


ジンの警戒を知らせる怒声をよそに、ラクは一言告げて海の中に潜った。

属性を闇から水に変えて法術を発動させる。

【水式 魚虎(うおどら)の舞】

海水が体に馴染み呼吸をも可能にする。

海底から向かってくる影を見定めたラクは水を蹴って加速した。


予定よりも早い獲物の接近に対応しそこねたのを見逃さず、先頭の鑢鮫(ヤスリザメ)の目をラクは手刀で貫く。

突然の痛みに悶え狂うも、ラクは容赦なく視神経を辿って脳を掻き混ぜ絶命させた。


突然の奇襲にも関わらず、残ったうちの二頭は咄嗟に分かれて左右から挟撃を狙ってくる。

攻撃が当たる直前にラクは下に潜って、水面下で二頭の体が重なる瞬間を狙った。

撃波(うちなみ)

波を作るように放った裏拳は水を伝い、鑢鮫(ヤスリザメ)の体内を伝わって心臓に衝撃を与える。


ショックで動きが止まったところを、ラクは(えら)からナイフを差し込んで心臓を掻き切った。

最初の一頭を含め、計三頭が腹を上にして海面上へと浮かんでいく。

(あと二頭…。)


うち一頭はラクの背後を狙い猛スピードで突進してきた。

魔力感知で気づいていたラクは、背後を振り返りざま属性法術で水を纏った突きを放つ。

鯱矛(しゃちほこ)

突きによって生まれた強い水流は大口を開けた鑢鮫(ヤスリザメ)をそのまま貫いた。


仕留めると同時にラクは最後の一頭の魔力を探る。

珍しいことに唯一生き残った鑢鮫(ヤスリザメ)は逃亡を図っていた。

魔獣は総じて凶暴で死ぬまで暴れるものが多い。

魔力で発達した脳は知性を感じさせるものの、恐怖という感情は錆びついている個体がほとんどだ。


珍しい光景に一瞬戸惑いつつも、素早く水を蹴って後を追う。

魔獣はたった一頭でも素人には脅威に他ならない。

特に今回は漁場が荒らされても困るため逃がすわけにはいかなかった。

追いついたラクは、無防備な背後から(えら)にナイフを差し込み絶命させる。


計五頭。

歴戦のハンターでさえ苦戦を予想させる相手を、ラクはたった一人ものの5分で全滅させたのだった。

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