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125・それが欲しい。〜後編

 巫女の綺麗なブルーの目は、徐々に色を奪われて白く濁り、ブロンドの髪はサンドラが触れている所から色が吸い取られるようにスウッと白く変わっていった。

 サンドラはこの時、初めて具体的に何かを欲しがり、彼女の髪と瞳の色を奪った。

 今までは漠然と他人の美しさを妬み、無意識に相手の持つ魔力や霊力を奪ったり、スタイルの良さや綺麗な顔の造形を自分に取り込む事で美しさに磨きをかけてきたのだが、髪の色と目の色だけは満足していた為に、一度も盗み取った事がなかった。

 それが、今回は巫女の美貌に嫉妬しただけでなく、髪と目の色を欲しがった為に、誰の目にも分かりやすい変化が起き、サンドラが彼女に何をしたのか、周囲の者たちに知られる事となった。

 サンドラを怒らせた者達が奇病にかかる事は神殿内でも知られている。生きる力を無くし、ミイラの様にやせ細っていくアレである。しかしそれは徐々に痩せて容貌が変化していくので、美貌を吸い取られているとまでは気付かれていなかった。だから、痩せていくのはサンドラがかけた呪いのせいだと思われてきたのだ。

 しかし今、皆の見ている前で巫女の髪の色が聖女に移り、黒髪がブロンドに変化した。そしておかしな現象はそれだけでは収まらなかった。

 髪の色が抜けて行くのと同時に、巫女の体からは急速に瑞々しさが失われ始めていたのだ。

 何が起きているのか理解出来なくても、そのまま行けば彼女は干からびて死ぬと誰もが思った。

 

「聖女様! お止めください! その者が死んでしまいます!!」


 イーヴォは力ずくで二人を引き離し、巫女を救出してサンドラを突き飛ばした。

 サンドラはいつのまにかトランス状態に入っていて、周りの悲鳴も、近づいてきたイーヴォの存在にも気付かずに、何かに取り憑かれたかのようにカッと目を見開いたまま、直立不動で地面に倒れた。

 多少は土のクッションがあるとはいえ、バタンと勢いよく全身を強打したサンドラは、そこでやっと意識を取り戻す。


「イタタ……何? どうなってるの、これ」


 意識の戻ったサンドラは、まず、自分が地面に横たわっている事に驚き、特に強く打ちつけた腰や頭をさすりながら起き上がった。そして衣装についた土をはらうと、髪がサラリと前に流れ落ち、視界に入ったそれを見て驚愕した。

 濡れたように艶のある自慢の黒髪が、知らぬ間に明るいブロンドに変わっていたのだ。

 サンドラは動揺し、自分の髪を両手に掴んで確認した。


「えっ……? 何よこれ! やだ、私の黒髪が!」


 変わったのは髪の色だけではない。目の色もブルーに変化している。

 しかも、いつもなら相手の体内に黒い霧を潜ませ、少しずつ奪い取っていたものを、巫女に触れながら直接吸い取ってしまった為に、その巫女は急速に生命力を奪われ、見る見るうちにミイラに近づいた。

 まるで老婆のような姿になった巫女は、弱々しくか細い声で、何とか聖女に命乞いをする。


「お……助け……ください……聖女……様……」


 何日も前に、エレインによってイリナや少年神官、他二人の巫女達の中に潜んでいた黒い霧が浄化されてしまったお陰で、エネルギーの供給源を一度に断たれてしまった元妖精は、この時点でかなり衰弱していた。そのため自分が存在し続けるために、目の前の巫女から一気に生命力を奪ったのである。

 人間から生命力を奪っていたのは、サンドラではなく、彼女に寄生し、今は怪物と化してしまった元妖精だった。自分が生き続ける為にサンドラを操り、霊力の強い巫女を魅力的だと思わせ、今まで興味を持たなかったブロンドの髪を欲しいと願わせたのだ。

 我に返ったサンドラは、目の前にいる巫女の髪の色が自分に移ったのだと知り、彼女を罵り始めた。


「あんた、私になんの恨みがあるってゆーの? 酷いじゃない、見てよコレ! あの綺麗な黒髪が、まるで白髪にでもなってしまったみたいだわ! どうしてくれるのよ!」


 サンドラのこの反応に、イーヴォは困惑した。


「何を……言っておられるのです? それはご自分でなさったのではありませんか。むしろこの者は聖女様に襲われた被害者です」

「イーヴォ、あんた見ていた癖になんで私を助けなかったの?」

「意味がわかりません……なぜこの状況で御自分の事ばかり……聖女様には、この巫女の姿が見えないのですか……? これを見て、何も感じないのですか?」


 イーヴォは悲しげに問いかけるが、サンドラの心にはまったく響かない。妖精に操られ意識の無かったサンドラにしてみれば、自分こそ被害者であるという認識なのだから仕方がなかった。


「もう! そんな事より、私の髪の色を元に戻してってば! こんなの嫌よ!」


 そうサンドラが強く願うと、彼女の髪は元の濡れたような艶やかな黒髪に戻っていった。しかし、巫女の姿に変化は無い。一度奪ったものは、自分で返す事が出来ないのだろう。目の色まで変わっているとは知らないサンドラは、鏡を与えてもらうまでこの状態で過ごす事になる。

 その間も巫女の生命力は奪われ続け、とうとう意識を無くしてしまった。儀式の場は騒然となり、誰もがサンドラの能力を怖がって近づく事も出来なかった。


 結局聖女による雨乞いの儀式は中断された。鉛色の空からは一粒も雨が落ちる事はなかったが、聖女様御一行が弱った巫女を連れて慌ただしく王都に帰った数日後、村には雨が降ったのだった。


 しばらくして、その村に立ち寄った吟遊詩人が王都でおかしな歌を歌い始めた。

 ーー雲の隙間から光が差し込み、白い獣に乗った天使が二人舞い降りた。鈴の音に似た天使の歌声は、恵みの雨を降らせると、大地は黄金色に輝いた――


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