T字戦法
そして夜明けがやって来た!
起床ラッパよりはやく、出港ラッパが鳴り響く。
すでに昨日のうちに上陸員は呼び戻され、出港準備は整えられていた。
俺がバルチック艦隊発見の一報を入れたのは、昨日の昼間。
しかし夕暮れ時には、監視船や見張り台から次々と、同じ報告があがってきていた。
故に、上陸員の回収や出港準備に、一切の迷いがなかった。
戦艦三笠も動き出した。
窓は無いが、揺れでわかる。
「いよいよですね、お兄さま」
「あぁ、ついに決戦というやつだ」
海軍少尉を名乗ってはいるが、俺自身戦争ははじめてだし、決戦の場に立つのもはじめてだ。
正直、武者震いのひとつもしたいくらいに、気分は高揚している。
俺たちの部屋までは届いて来ないが、きっと各部署では将兵一丸、ものすごい盛り上がりを見せていることだろう。
「まあまあ、みんな。いまから盛り上がってたら、本番まで身がもたないよ?」
芙蓉は相変わらず呑気な顔をしている。
そりゃそうだ。
いま現在、バルチック艦隊そのものを見ることができているのは、芙蓉だけなのだから。
「うんうん、そうだね。いくら報告があがっていても、艦隊を目の当たりにしないと、緊張しちゃうよね。よしよし、お姉さんが奮発して、使い魔の視点でバルチック艦隊を見せてあげよう!」
芙蓉の言葉に、使鬼もふくめたみんなで額を寄せ合う。
そうすることで、芙蓉のイメージするものを、受け取りやすくするらしい。
まず目に浮かんだのは、空と海の境目。
いわゆる水平線だ。
あらためて、スカイブルーとマリンブルーの色の濃さが違うと、実感する。
ましてここはヤワラギ海。
群青という響きがよく似合う海だ。
使い魔が視線を動かした。
真っ黒いものが浮かび上がる。
黒い、強い、デカい。
圧倒的な存在感をかもす、リューリック、アレクサンダー、そしてクニャージスワロフ。
バルチック艦隊であった。
「わ、悪そうな船じゃねぇ………」
「それに、なかなか歯ごたえがありそうに御座る」
「腕が鳴りますか、輝夜?」
「鍔鳴りが抑えられませぬ」
気分の高まりが抑えられない面々に、芙蓉は笑いかけた。
「でもねぇ、みんな。バルチック艦隊の位置は、まだここなんだ」
視線が地図を眺めるような、俯瞰に変わる。
バルチック艦隊はヤワラギ海に、ようやく入ったばかり、というところ。
「さっき士官室で盗み聞きしたところでは、会敵はお昼過ぎ。半日はあるってことだったよ?」
「………………………………」
瑠璃がベッドに腰かけた。
そのまま背中を向けて横になる。
スーッ、スーッという寝息が聞こえてくるまで、さほど時間はかからなかった。
「………瑠璃が正しいようですね、お兄さま」
「そうだな、今から気持ちを高ぶらせていても、疲れるだけだ。みんな、ひと休みして鋭気を養おうじゃないか」
朝も早かったことだ。いや、バルチック艦隊発見以来、気持ちが休まっていない。
ここは軽く目を閉じるだけでもいい、休息をとるべきだろう。
瑠璃の姿が消えていった。
咲夜輝夜が続いて姿を消し、最後に芙蓉が「それじゃおやすみ~~♪」と消えていった。
「それじゃあ俺も、少し横になるかな」
「はい、私も失礼しますね」
カーテンを閉めて横になった。
が、目を閉じる気にはなれない。じっと低い天井を眺めていた。
緋影や使鬼たちにあぁは言ったものの、やはり気持ちは高ぶっている。
頭を休めなければ。
無理に目を閉じても、すぐに開いてしまう。
バルチック艦隊を全滅させる。
東郷長官の目標は、そこにあった。しかしそのようなこと、現実的に考えて可能なのだろうか?
確かに、艦隊行動の訓練を重ね、バルチック艦隊の行く手を常に阻む練習はしてきた。
しかし仮想敵は、あくまで仮想敵。
予想だにしない動きを見せてくるだろう。
こちらはバルチック艦隊を逃せば負け。少しでも逃してしまえば、また霧に隠れて輸送船団に襲いかかってくるだろう。
そうなると満州に展開した陸軍は、補給に窮することになる。
それを避けるためにも、奴らを逃がす訳にはいかない。
艦隊行動訓練は、露天艦橋から見学させてもらった。
連合艦隊は二部編成。
第一艦隊が、バルチック艦隊の行く手を阻むように、前方を横切る。
バルチック艦隊は、第一艦隊の最後尾をすり抜けようとするだろう。
その頭を押さえ込むのが、第二艦隊だ。
当然バルチック艦隊はその最後尾を、すり抜けようとするに違いない。
すると転身を済ませた第一艦隊が、ふたたび行く手を阻むという寸法だ。
しかし基本的にこの戦法、バルチック艦隊2に対しヤワラギ艦隊1で対応しなければならない。
戦力分散という、非常によろしくない戦法と言える。
これで勝てるというのだろうか?
バルチック艦隊を倒せるというのだろうか?
考えるだけで不安にしかならない。
次から次へと襲いかかる、群狼のごときヤワラギ艦隊。
それも横向きゆえに、すべての主砲と片舷の副砲がフルで使える。バルチック艦隊は前甲板の主砲、二門しか使えない。
一個艦隊につき、主砲が同数。副砲のぶんだけわずかにヤワラギ艦隊が有利か?
それが入れ替わり立ち替わり、バルチック艦隊に食らいつく。
と言えば聞こえはいい。
だが数をたのみに第一艦隊と平行して、同航戦を仕掛けられたらどうなるか?
その時は第二艦隊が頭を押さえる。バルチック艦隊の船頭艦から順番に、各個撃破を予定している。
するとバルチック艦隊は最後尾から順番に、第一艦隊の背後を抜け出ようとするだろう。
これらの艦船は駆逐艦などの、軽量軽快な船が多い。
それに対しては、別に控えていた第一艦隊と第二艦隊の駆逐艦隊が対応する予定だ。
抜かれたら負け。
ヤワラギ艦隊からすれば厳しいルールに見えるかも知れない。
だが逆に考えれば、邪魔と妨害を続けられれば、ヤワラギ帝国の粘り勝ちに持ち込める。
ようやく勝ちの目が見えてきた。
少し安心したところで気持ち安らか。
まぶたが重たくなったところで、鐘が鳴り響いた。
カーテンを開く。
緋影も飛び出してきた。
伝声管から号令が届く。
「バルチック艦隊発見! バルチック艦隊発見!」
緋影と顔を見合せ、露天艦橋へと駆け上がった。




