船旅
うん、水雷挺だな。
小振りな船体が水雷挺らしい。
揺れそうなところがまた魅力。
貧弱な装備がたまらない。
これぞ正しく水雷挺というやつだ。
バンコクの駅で降りた俺たちを、水兵が迎えに来てくれた。
そのまま港へ歩き、軍籍としてはかなり小振りな船に案内される。
士官室に通された。
民間人の服装をしていたが、軍の作法に則って艦長に乗船を申告する。
「海軍少尉大矢健治郎ほか一名、水雷挺雷乗船を命じられ現在到着しました。よろしくお願いします」
「うむ、雷は貴官ならびに民間人天宮緋影を、リョジュンへ運ぶことを命じられている。その先貴官らは………驚くな、連合艦隊旗艦三笠に乗り組むこととなる! 思い切り励めよ?」
艦長は片目をつぶった。思いの外気さくな人らしい。
「そして乗組員ではない貴官ならびに天宮緋影は、我々にとってはゲストである。何もないところだが、存分にくつろいでくれ」
「はい、ありがとうございます!」
ということで、俺たちはリョジュンへと運ばれることになった。
長い船旅である。
知っている方は知っているだろうが、船というのは陸地に沿って進むものではない。
簡単に言うならば、周りは海しかないという単調な景色が続く。
これには緋影よりも早く、芙蓉が飽きてしまった。
抜錨から、わずか一時間ほどのことである。
「やあやあ大矢くん、大海原だねぇ」
「あぁ、これが大海というやつだ」
「周りにはなんにもないねぇ」
「あぁ、海の上だからな」
「退屈だよ」
「船乗りたちに謝りたまえ」
「もう飽きた」
「子供か、キミは?」
「だってなんにも無いんだもん」
「大砲があるだろ、あれでも見てろよ」
「ねぇねぇ大矢くん?」
「脚下」
「まだ何も言ってないじゃないか、ひどいなぁ」
「どうせ、あの大砲撃たないの? とか言うんだろ? 脚下だ脚下」
「そんなこと言わないよ」
「本当か?」
「ホントホント。だからさぁ、あの大砲撃たせて?」
「余計に悪いわ!」
ということで、今度は咲夜。
潮風を浴びる緋影のそばに寄り添っている。
と言っても、客船ではない。
遊戯施設は無いし、船縁に近づくことも許されていない。
ただ黙って、狭い甲板に立っているだけだ。
視線ははるか、水平線にむけられている。
「………………………………ふぁ………」
あ、アクビした。
そして視線が合う。
咲夜は途中でアクビをやめ、平静を取り繕う。
そしてツカツカと、俺のそばに近寄ってきた。
「見た?」
「なにを?」
「見たんじゃね?」
「誰でもあることだ」
「お願い忘れて、緋影さまの前ではカッコいい咲夜でいたいんじゃよ」
お人好し咲夜でもいいじゃないか。とは言えない雰囲気だ。
「忘れてくれんかったら、舌噛んで海に飛び込んで、アンタを道連れにしてやるけんね」
「忘れた忘れた、もう忘れた」
意外に面倒くさい奴だ。
輝夜は雷の最大火力である二門の魚雷に興味津々のようで、発射管から離れようとしない。
それどころか声をかけても、「うむ」とか「あぁ」といった生返事ばかり。どうにもしようがない。
そして俺にとってのアンノウン。
瑠璃だ。
舷側に正座して、釣糸を垂れている。
釣れますか? などと声をかけたりはしない。
「釣れると思う?」
などと返されるかも知れない。
「エサはつけてないから」
と、禅問答のようなことを言われそうだ。
だが最悪なのは、「………………………………」と無言でいられることだ。
釣糸を垂らしていた瑠璃だが、ピクリと瞼が動いた。
竿をあげる。
釣り針には、エサの残骸があるだけ。
よかった、釣糸はついているし、エサもつけていたようだ。
懐からマッシュポテトのようなものを、ひとつまみ。瑠璃は釣り針を隠すように包み込む。
そして投擲。
しまった、瑠璃の魚釣りから目が離せない。
どうせロクなことにはならないのに。
それがわかっているのに、ついつい眺めてしまう。
「釣れてるかしら、瑠璃?」
緋影が声をかけた。
瑠璃は唇の前で指を立てる。
あっ、という顔をして、緋影は口を押さえた。
「………大物の気配」
「いける?」
二人の会話がかすかに聞こえてきた。
つまり俺も、いつの間にか二人に近づいていた。
緋影の問いに、瑠璃はコクリとうなずく。
大物を釣り上げるという宣言だ。
しばし、待つ。
あたり!
瑠璃は竿をあげた。
波間に踊る影がひとつ。っていうか、どんだけ長い糸を垂らしたのよ?
魚雷を眺めていた輝夜が、剛力にまかせて糸をたぐり寄せる。
「丈夫な糸だよな」
俺の呟きに、緋影は「私の霊毛ですから」と答えた。
納得していいのか悪いのか、判断のつかない返答だった。
さらに近づいたところで、また獲物が跳ねた。
大きい!
三メートルはある!
知ってるぞ、あの姿は見間違えることがない!
あれは間違いなく、河童だ!
瑠璃は糸を切った。
河童は波間に消えてゆく。
「………外道は………逃がす」
いや外道ってアンタ!
河童っスよ、河童!
つーか主の霊毛切るなやお前!
いやそれ以前に、海に河童?
いるのか河童!
お前川の生き物だろ!
いや妖怪だろ!
「外道なら仕方ありませんね」
「………残念………今日は竿をたたむ」
それで納得すんなや!
誰か常識を語ってくれ!
叫べども叫べども、我が声は天聴に達すること無し。
やはり、ジッと手を見る。




